・・・さて猟夫が、雪の降頻る中を、朝の間に森へ行くと、幹と根と一面の白い上に、既に縦横に靴で踏込んだあとがあった。――畜生、こんなに疾くから旦那が来ている。博士の、静粛な白銀の林の中なる白鷺の貴婦人の臨月の観察に、ズトン! は大禁物であるから、睨・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・雪を当込んだ催ではなかったけれども、黄昏が白くなって、さて小留みもなく降頻る。戸外の寂寞しいほど燈の興は湧いて、血気の連中、借銭ばかりにして女房なし、河豚も鉄砲も、持って来い。……勢はさりながら、もの凄いくらい庭の雨戸を圧して、ばさばさ鉢前・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・雨の降頻る中に、さまさまの色をした緑を抜いて、金の玉のついた長い幟竿のさびしく高く立っているのは何となく心を惹く。 新茶のかおり、これも初夏の感じを深くさせるものの一つだ。雨が庭の若葉に降濺ぐ日に、一つまみの新茶を得て、友と初夏の感じを・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・もっともそのスクリーンの周囲の同平面をふろしきやボール紙でともかくもふさいでしまって楽屋と見物席とを仕切るほうがなかなかの仕事ではあった。観客は亮の兄弟と自分らを合わせて四五人ぐらいはあったが、映画技師、説明者が同時に映画製造者を兼ねるのみ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 細い路を窮屈に両側から仕切る家はことごとく黒い。戸は残りなく鎖されている。ところどころの軒下に大きな小田原提灯が見える。赤くぜんざいとかいてある。人気のない軒下にぜんざいはそもそも何を待ちつつ赤く染まっているのかしらん。春寒の夜を深み・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・湯槽を仕切る板壁に沢山柄杓がかかっていた。井とか、中村、S・Sなどと柄杓の底に墨で書いてある。 そこを過ぎると、人家のない全くの荒地であった。右にも左にも丘陵の迫った真中が一面焼石、焼砂だ。一条細い道が跫跡にかためられて、その間を、彼方・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
出典:青空文庫