・・・ 土佐の貧乏士族としての我家に伝わって来た雑煮の処方は、椀の底に芋一、二片と青菜一とつまみを入れた上に切餅一、二片を載せて鰹節のだし汁をかけ、そうして餅の上に花松魚を添えたものである。ところが同じ郷里の親類でも家によると切餅の代りに丸め・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
楽器の歴史は非常に古いものである。そして、現在ある国民やある民族に固有であるらしく見えるものでも実際はかなり複雑な因果の網目を伝わって遠い外国の楽器と親族関係になっているものらしい。もっともこれは楽器に限らずあらゆる人間の・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・ 天狗和尚とジュースの神の鷲との親族関係は前に述べたが、河童や海亀の親類である事は善庵随筆に載っている「写生図」と記事、またいんていざつろくにある絵や記載を見ても明らかである。河童の写生図は明らかに亀の主要な特徴を具備しており、・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・官吏の中その勲功を誇っていたものは薩長の士族である。薩長の士族に随従することを屑しとしなかったものは、悉く失意の淵に沈んだ。失意の人々の中には董狐の筆を振って縲紲の辱に会うものもあり、また淵明の態度を学んで、東籬に菊を見る道を求めたものもあ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・もとは貧乏士族が内職に焼いたとさえ伝聞している。津田君が三十匁の出殻を浪々この安茶碗についでくれた時余は何となく厭な心持がして飲む気がしなくなった。茶碗の底を見ると狩野法眼元信流の馬が勢よく跳ねている。安いに似合わず活溌な馬だと感心はしたが・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
正岡の食意地の張った話か。ハヽヽヽ。そうだなあ。なんでも僕が松山に居た時分、子規は支那から帰って来て僕のところへ遣って来た。自分のうちへ行くのかと思ったら、自分のうちへも行かず親族のうちへも行かず、此処に居るのだという。僕・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・秋の夕日を受けつ潜りつ、甲の浪鎧の浪が寄せては崩れ、崩れては退く。退くときは壁の上櫓の上より、傾く日を海の底へ震い落す程の鬨を作る。寄するときは甲の浪、鎧の浪の中より、吹き捲くる大風の息の根を一時にとめるべき声を起す。退く浪と寄する浪の間に・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・その結果、半途にして学校を退くようになった。当時思うよう、学問は必ずしも独学にて成し遂げられないことはあるまい、むしろ学校の羈絆を脱して自由に読書するに如くはないと。終日家居して読書した。然るに未だ一年をも経ない中に、眼を疾んで医師から読書・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・残っている者は旧藩の士族で、いくらかの恩給をもらっている廃吏ばかりになった。 なぜかなら、その村は、殿様が追い詰められた時に、逃げ込んで無理にこしらえた山中の一村であったから、なんにも産業というものがなかった。 で、中学の存在によっ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・記者は封建時代の人にして、何事に就ても都て其時代の有様を見て立論することなれば、君臣主従は即ち藩主と士族との関係にして、其士族たる男子には藩の公務あれども、妻女は唯家の内に居るが故に婦人に主君なしと放言したることならんか。若しも然るときは百・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫