・・・だからあの天衣の紐も波立たずまた鉛直に垂 けれどもそのとき空は天河石からあやしい葡萄瑪瑙の板に変りその天人の翔ける姿をもう私は見ませんでした。(やっぱりツェラの高原だ。ほんの一時のまぎれ込みなどは結局斯う私は自分で自分に誨えるように・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ 向うの木の上の二人もしょんぼりと頭を垂れてパンを食べながら考えているようすでした。その木にも鉄のはしごがもう見えませんでした。 ネネムも仕方なくばけものパンを噛じりはじめました。 その時紳士が来て、「さあ、たべてしまったら・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ その周囲からまるで離れたものの様にして居る姿を見守って居ると、自分の心までもすべて此の躰のすぐ近くで鳴り響き動き戦いて居る現在の有様からはなれて、雨も降らず雨垂も落ちない、非常に静かな世界に住んで居る様な心持になって来た。 私は此・・・ 宮本百合子 「雨が降って居る」
・・・自分で蒔いたよろこびの種は、その努力に酬いるよろこびの垂穂として、自分たちで刈りとることが出来るときになったということなのだと思います。 若い人々よ。大人が、あなたがたの生きかたを眺めたとき、かつては自分たちも、あのように濁りない瞳、あ・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・今井へ行き、都で食事をし、east side に出かける、古本を見に。 二十一日 少し曇り気味の風の吹く日。ミス コーフィールドに電話で歎願して、パリセードに行く。 自分の膝に頭を横えて、静に涙をこぼす彼の上に風が吹・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・ところが、生活慾の熾な、刻々と転進して行く生は、私を徒にいつまでも涙のうちに垂込めては置きますまい。激しい彼への思慕を持ちながら、それを語ることによりそれを追懐することによって恢復しつつ新らしい生活を歩み出します。 友達が出来ましょう、・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・彼女は、光る鋲でとめられた垂布の、深い皺の間々に、額に汗を掻いて、太い釘を打ち込む彼の白い腕を見る事が出来た。彼女は、今、彼方の部屋で、広い寝台の上に安眠して居るだろう彼の様子を心に描いて見た。 母の書を思い遣る時、自ずから、彼女の胸を・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
出典:青空文庫