・・・つぐみとしじゅうからとが枯枝をわたってしめやかなささ啼きを伝えはじめた。腐るべきものは木の葉といわず小屋といわず存分に腐っていた。 仁右衛門は眼路のかぎりに見える小作小屋の幾軒かを眺めやって糞でも喰えと思った。未来の夢がはっきりと頭に浮・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・クララは涙ぐましい、しめやかな心になってアグネスを見た。十四の少女は神のように眠りつづけていた。 部屋は静かだった。 ○ クララは父母や妹たちより少しおくれて、朝の礼拝に聖ルフィノ寺院に出かけて行った。在家の・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・秋風が朝から晩まで吹いて、見るもの聞くもの皆おおいなる田舎町の趣きがある。しめやかなる恋のたくさんありそうな都、詩人の住むべき都と思うて、予はかぎりなく喜んだのであった。 しかし札幌にまだ一つ足らないものがある、それはほかでもない。生命・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 黙って見ている女房は、急にまたしめやかに、「だからさ、三ちゃん、玩弄物も着物も要らないから、お前さん、漁師でなく、何ぞ他の商売をするように心懸けておくんなさいよ。」という声もうるんでいた。 奴ははじめて口を開け、けろりと真顔で・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・、なぜ、かかさんをぶたしゃんす、もうかんにんと、ごよごよごよ、と雷の児が泣いて留める、件の浄瑠璃だけは、一生の断ちものだ、と眉にも頬にも皺を寄せたが、のぞめば段もの端唄といわず、前垂掛けで、朗に、またしめやかに、唄って聞かせるお妻なのであっ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・内にはうらわかきと、冴えたると、しめやかなる女の声して、摩耶のものいうは聞えざりしが、いかでわれ入らるべき。人に顔見するがもの憂ければこそ、摩耶も予もこの庵には籠りたれ。面合すに憚りたれば、ソと物の蔭になりつ。ことさらに隔りたれば窃み聴かむ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・とを申上げますのではございませんが、お米もそこを不便だと思ってくれますか、間を見てはちょこちょこと駆けて来て、袂からだの、小風呂敷からだの、好なものを出して養ってくれます深切さ、」としめやかに語って、老の目は早や涙。 五・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・が、お澄のしめやかな声が、何となく雪次郎の胸に響いた。「黙れ!」 と梁から天井へ、つつぬけにドス声で、「分った! そうか。三晩つづけて、俺が鷭撃に行って怪我をした夢を見たか。そうか、分った。夢がどうした、そんな事は木片でもない。・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ と客は、しめやかに言った。「厭な事だ。」「大層嫌うな。……その執拗い、嫉妬深いのに、口説かれたらお前はどうする。」「横びんた撲りこくるだ。」「これは驚いた。」「北国一だ。山代の巴板額だよ。四斗八升の米俵、両手で二俵・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・白糸 (衣紋を直し、しめやかに手を支お初に……お姑様、おっかさん、たとい欣さんには見棄てられても、貴女にばかりは抱ついて甘えてみとうござんした。おっかさん、私ゃ苦労をしましたよ。……御修業中の欣さんに心配を掛けてはならないと何にも言わず・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
出典:青空文庫