・・・何しろ夕霧と云い、浮橋と云い、島原や撞木町の名高い太夫たちでも、内蔵助と云えば、下にも置かぬように扱うと云う騒ぎでございましたから。」 内蔵助は、こう云う十内の話を、殆ど侮蔑されたような心もちで、苦々しく聞いていた。と同時にまた、昔の放・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ すぐここには見えない、木の鳥居は、海から吹抜けの風を厭ってか、窪地でたちまち氾濫れるらしい水場のせいか、一条やや広い畝を隔てた、町の裏通りを――横に通った、正面と、撞木に打着った真中に立っている。 御柱を低く覗いて、映画か、芝居の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・梟が撞木に止まってまじまじ尤もらしい顔をしていたこともあった。しかし小鳥屋専門の店ではなかったような気がする。 その×は色の白い女のように優しい子であったが、それが自分に対して特別に優し味と柔らか味のある一風変った友達として接近していた・・・ 寺田寅彦 「鷹を貰い損なった話」
・・・ ここに亀戸、押上、玉の井、堀切、鐘ヶ淵、四木から新宿、金町などへ行く乗合自動車が駐る。 暫く立って見ていると、玉の井へ行く車には二種あるらしい。一は市営乗合自動車、一は京成乗合自動車と、各その車の横腹に書いてある。市営の車は藍色、・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・下流には近く四木の橋が見え、荷車や自動車の往復は橋ごとに烈しくなる。四木橋からその下流にかけられた小松川橋に至る間に、中川の旧流が二分せられ、その一は放水路に入り、更に西岸の堤防から外に出ているが、その一は堤を異にして放水路と並行して南下し・・・ 永井荷風 「放水路」
出典:青空文庫