・・・それが悲劇の終局であった。人間の死と変りない、刻薄な悲劇の終局であった。――一瞬の後、蜂は紅い庚申薔薇の底に、嘴を伸ばしたまま横わっていた。翅も脚もことごとく、香の高い花粉にまぶされながら、………… 雌蜘蛛はじっと身じろぎもせず、静に蜂・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・乃が故主成氏の俘われを釈かれて国へ帰るを送っていよいよ明日は別れるという前夕、故主に謁して折からのそぼ降る雨の徒々を慰めつつ改めて宝剣を献じて亡父の志を果す一条の如き、大塚匠作父子の孤忠および芳流閣の終曲として余情嫋々たる限りなき詩趣がある・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・しかし、肉体を描くということは、あくまで終極の目的ではなくて単なるデッサンに過ぎず、人間の可能性はこのデッサンが成り立ってはじめてその上に彩色されて行くのである。しかし、この色は絵画的な定着を目的とせず、音楽的な拡大性に漂うて行くものでなけ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・一つの比論をとれば、物理的真理において、真理そのものを万物の真相は如何という意味にとれば現在の科学は終局的な解答を与えることはできぬ。しかし真理そのものの本質は何か一般に真理の標識は何か。真理を発見せんとするときわれらは如何なる条件を満たさ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・したがっていかなる倫理的な、たましいの憧憬を伴う恋愛も終局はその肉体的接融をまって完成すべきものではある。しかしたましいの要請が強ければ強いだけ、その肉体的接融はその用意を要する。すなわち肉体だけがたましいの要請をはなれて結びつかぬように、・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・故郷の者たちに尊敬されるという事は、人間の最高の幸福で、また終極の勝利だ。」「どうしてそんなに故郷の人たちの思惑ばかり気にするのでしょう。むやみに故郷の人たちの尊敬を得たくて努めている人を、郷原というんじゃなかったかしら。郷原は徳の賊な・・・ 太宰治 「竹青」
・・・式の絶望の終局にしようか、などひどい興奮でわくわくしながら、銭湯の高い天井からぶらさがっている裸電球の光を見上げた時、トカトントン、と遠くからあの金槌の音が聞えたのです。とたんに、さっと浪がひいて、私はただ薄暗い湯槽の隅で、じゃぼじゃぼお湯・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・天然なる厳粛の現実の認識は、二・二六事件の前夜にて終局、いまは、認識のいわば再認識、表現の時期である。叫びの朝である。開花の、その一瞬まえである。 真理と表現。この両頭食い合いの相互関係、君は、たしかに学んだ筈だ。相剋やめよ。いまこ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・かかる終局の告白を口の端に出しては、もはや、私、かれに就いてなんの書くことがあろう。私の文学生活の始めから、おそらくはまた終りまで、ボオドレエルにだけ、ただ、かれにだけ、聞えよがしの独白をしていたのではないのか。「いま、日本に、二十七八・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・「生きて在るものを愛せよ」「おれは新しくない。けれども決して古くはならぬ」「いのちがけならば、すべて尊し」「終局において、人間は、これ語るに足らず」「不可解なのは藤村の表情」「いや、そのことについては、私が」「いや、僕だ。僕だ。」「人は人を・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫