・・・二週日にして予は札幌を去った。札幌を去って小樽に来た。小樽に来て初めて真に新開地的な、真に植民的精神の溢るる男らしい活動を見た。男らしい活動が風を起す、その風がすなわち自由の空気である。 内地の大都会の人は、落し物でも探すように眼をキョ・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 謙三郎もまた我国徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に一度聯隊に入営せしが、その月その日の翌日は、旅団戦地に発するとて、親戚父兄の心を察し、一日の出営を許されたるにぞ、渠は父母無き孤児の、他に繋累とてはあらざれども、・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・それからまた仕方がない、伯父さんのいうことであるから終日働いてあとで本を読んだ、……そういう苦学をした人であります。どうして自分の生涯を立てたかというに、村の人の遊ぶとき、ことにお祭り日などには、近所の畑のなかに洪水で沼になったところがあっ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・男は、鳥の焼き画を描くことや、象眼をすることが上手でありました。終日、二階の一間で仕事をしていました。その仕事場の台の前に、一羽の翼の長い鳥がじっとして立っています。ちょうど、それは鋳物で造られた鳥か、また、剥製のように見られたのでありまし・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・子供たちのするままになって、終日外へほうり出されているようなこともありました。 空の雲は、まりが疲れて、広野にころがっているのを見ました。雲は、あわれなまりを、気の毒に思ったのであります。もし、二度と空へくるような気があるなら、つれてき・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・あの娘は姙娠しよるやろか、せんやろかと終日思い悩み、金助が訪ねてこないだろうかと怖れた。「教育上の大問題」そんな見出しの新聞記事を想像するに及んで、苦悩は極まった。 いろいろ思い案じたあげく、今のうちにお君と結婚すれば、たとえ姙娠してい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・てくださいました――私がここから釈放された時何物か意義ある筆の力をもって私ども罪に泣く同胞のために少しでも捧げたいと思っております――何卒紙背の微意を御了解くださるように念じあげます云々―― 終日床の中にいて、ようよう匐いでるように・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・「閑静でいいなあ、別世界へでも来た気がする。終日他人の顔を見ないですむという生活だからなあ」 惣治はいつもそう言った。……厭な金の話を耳に入れずに、子供ら相手に暢気に一日を遊んで暮したいと思ってくるのであった。耕吉は弟があの山の中の・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・午後また注射。終日酸素吸入の連続。如何にしても眠れない。 二十三日、今日も朝から息苦しい。然し、顔や手の浮腫は漸々減退して、殆んど平生に復しました。これと同時に、脚や足の甲がむくむくと浮腫みを増して来ました。そして、病人は肝臓がはれ出し・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っていた。そのあたりで測量の巻尺が光っていた。 川水は荒神橋の下手で簾のようになって落ちている。夏草の茂った中洲の彼方で、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴っていた。鶺・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
出典:青空文庫