・・・西洋に、あれは銀の匙を口に入れて生れて来た人というような表現のあるのもそこのところに触れているのだろうが、人間が男にしろ女にしろ、生えたところから自分では終生動き得ない植物ではなくて、自主の力をもった一箇の人間であるという事実は、その境遇と・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・ 仕事は事務所で、というのが終生の暮しかたでした。事務所では忙しがっているからというわけか、事務所の仕事に直接関係のある用事のかたが、夜や朝早く、日曜の朝など早く来られると、事務所の用事は事務所で伺うことにしていますからと、おことわり申・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・その文明にある酷薄な偽善を観破し、終生つきまとった苦悩に足をふみ入れている。 女というものをも、トルストイはツルゲーネフの考えていたように、純情、献身、堅忍と勇気とに恵まれたもの、その気まぐれ、薄情、多情さえ男にとって美しい激情的な存在・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・反射の強い日光を洋傘一つにさけて島津家の庭を観、集成館を見物し、城山に登る。城山へは、宿の横手の裏峡道から、物ずきに草樹を掻き分け攀じ登ったのだから、洋服のYは泰然、私はひどく汗を掻いた。つい目の先に桜島を泛べ、もうっと暑気で立ちこめた薄靄・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・男の人たちが終生仲間は離せなくて、漫画の親爺教育のジグスのあわれおかしき仲間恋いの心持は、もう私たちの心にももちものとなっているかと思う。 家庭生活をやってゆく、仕事をしてゆく、その心持のバランスの一方が我も知らずに、仲間への心持のなか・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・それから法隆寺模様の特長と桃山時代の美術の特長とを文様集成を見て知った。 宮本百合子 「日記」
・・・日本でも初期の田山花袋や徳田秋声のような自然主義作家は、両性の複雑な交渉の底に赤裸々な生物的本能だけを発見している。 資本主義社会の現実が、両性関係に齎しているあらゆる偽善、恋愛と結婚の「神聖」論に対して加えられた唯物論者達の打撃は、決・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ この恐るべき三年間を始りとして、バルザックは終生近代資本主義経済の深奥のからくりにふれざるを得ない立場におかれるようになった。彼は金の融通の切迫した必要から銀行の組織に精通し、パリじゅうの高利貸と三百代言を知り、暫くではあるが公債のた・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ そういう見地から見ると、漱石の散文は秋声の「あらくれ」「黴」などからみるとずっと、弱い。志賀直哉の散文はよくやかれた瓦できっちりとふかれた屋根屋根の起伏の美しき眺望のように見るものの心にうつるたしかさをもっている。が、生活の中からせり・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・ プレハーノフの女弟子、ソヴェト同盟のマルクス主義機械論的修正派の最も有名な代表者アクセリロードは、「トルストイの創作を批評するのにもスピノザの哲学を分析する際にも、彼女は永久不変の道徳法から出発している。彼女は、新カント派と多くの・・・ 宮本百合子 「婦人作家は何故道徳家か? そして何故男の美が描けぬか?」
出典:青空文庫