・・・ 裾を曳いて帳場に起居の女房の、婀娜にたおやかなのがそっくりで、半四郎茶屋と呼ばれた引手茶屋の、大尽は常客だったが、芸妓は小浜屋の姉妹が一の贔屓だったから、その祝宴にも真先に取持った。……当日は伺候の芸者大勢がいずれも売出しの白粉の銘、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・狗子何ぞ曾て仏性無からん 看経声裡三生を証す 犬塚信乃芳流傑閣勢ひ天に連なる 奇禍危きに臨んで淵を測らず きほ敢て忘れん慈父の訓 飄零枉げて受く美人の憐み 宝刀一口良価を求む 貞石三生宿縁を証す 未だ必ずしも世間偉士無からざ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 天津ノ城主工藤吉隆の招請に応じて、おもむく途中を、地頭東条景信が多年の宿怨をはらそうと、自ら衆をひきいて、安房の小松原にむかえ撃ったのであった。 弟子の鏡忍房は松の木を引っこ抜いて防戦したが討ち死にし、難を聞いて駆けつけた工藤吉隆・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・納得出来ない祝宴には附和雷同しません。僕は、科学的なんです。」「ちえっ!」佐伯は、たちまち嘲笑した。「自分を科学的という奴は、きまって科学を知らないんだ。科学への、迷信的なあこがれだ。無学者の証拠さ。」「よせ、よせ。」私も立上り、「・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・婚礼の祝宴の夜、アグリパイナは、その新郎の荒飲の果の思いつきに依り、新郎手飼の数匹の老猿をけしかけられ、饗筵につらなれる好色の酔客たちを狂喜させた。新郎の名は、ブラゼンバート。もともと、戦慄に依ってのみ生命の在りどころを知るたちの男であった・・・ 太宰治 「古典風」
・・・私は、こっそり帳場へ行って、このたびの祝宴の出費について、一切を記して在る筈の帳簿をしらべた。帳場の叔父さんの真面目くさった文字で、歌舞の部、誰、誰、と五人の芸者の名前が書き並べられて、謝礼いくら、いくらと、にこりともせず計算されていた。私・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、石工をしている。・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ 午後三時十五分から子供の祝宴 Kinderfest を催すという掲示が出た。 ハース氏がその掲示文を読んで文章のまずい所を指摘して教えてくれた。時刻が来るとおおぜいの子供が甲板へ集まる。食卓には日本製の造花を飾り、皿にクラッカーと・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・何の祝宴か磯辺の水楼に紅燈山形につるして絃歌湧き、沖に上ぐる花火夕闇の空に声なし。洲崎の灯影長うして江水漣れんい清く、電燈煌として列車長きプラットフォームに入れば吐き出す人波。下駄の音靴のひゞき。・・・ 寺田寅彦 「東上記」
一 給仕人は電気 今春米国モンタナの工科大学で卒業生のために祝宴を開いた時、ボーイの代りに電気を使って御馳走した。一列に並べた食卓の真中に二条のレールを据え付け、この上を御馳走を満・・・ 寺田寅彦 「話の種」
出典:青空文庫