・・・就中疱瘡は津々浦々まで種痘が行われる今日では到底想像しかねるほど猛列に流行し、大名高家は魯か将軍家の大奥までをも犯した。然るにこの病気はいずれも食戒が厳しく、間食は絶対に禁じられたが、今ならカルケットやウェーファーに比すべき軽焼だけが無害と・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・キッドの手套。キャデラック。又は半ズボンと共に郊外の散歩。あるいは忽然として、自分のわきに細い眉毛を描いて立つ洋装の女を思い出すかもしれない。自分は、今ステッキを見てそのような種類のことは思えない。何ともいえぬ肉体的憎悪をもってそれを見る。・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・はたしていたという文明の発端から、人類の医療の父として語られるヒポクラテスの話におよびさらに、ウィリアム・ハーヴェーの血液循環の発見があり、やがてパストゥールによって細菌が発見されたのも、ジェンナーの種痘の試みも、モルトンによる麻睡薬の試用・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・同時に作家たちも多くのことを学んだのは確かだが……率直に云うと、作家たちはまだどうも白手套をはめている。――つまり、まだお客で幾分儀式ばってる。そういう批評であった。 ロカフは益々真面目な活動の分野をひろげ、各地方に支部を組織した(ロカ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 別に大して寒いのではなかったらしいが、左*一番奥の歯がすっかり浮いて、到底しっかり口がつむれないようになっていた。 種痘したところにも或る刺戟を感じる。仰向いて暗い天井を見ながら、見たばかりの夢の材料を一々詮索しておかしく思った。・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・ 傍の客室に案内された。手套をとり乍ら室内を見廻し、私はひとりでに一種の微笑が湧くのを感じた。長崎とは、まあ何と古風な開化の町! フレンチ・ドアを背にして置かれた長椅子は、鄙びた紅天鵝絨張り、よく涙香訳何々奇談などと云った小説の插画にあ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・天然痘流行の為、私達は念の為大分の臼杵で種痘をした。Y、十四位のとき種痘したぎりで、どうも全感らしく、崇福寺の裏の高い段々を降る時など、気分が悪くなったらしかった。今朝、発熱し動かれない。私一人行く。 長崎図書館は、諏訪公園内に在る小ぢ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ これは、種痘問答である。私共は別府にいる時既に知人から流行の天然痘予防の注意を受けていた。臼杵へ行くと、そこでは全町民強制種痘をしたという。まして、長崎へ行くのなら危険此上ないというK氏の言葉で、計らず臼杵町費の一端を掠め、S氏の種痘・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・囚人たちが使ってぼろになったチョッキ、足袋、作業用手套を糸と針とで修繕する仕事であった。朝の食事が終ると、夕飯が配られる迄、その間に僅かの休みが与えられるだけで、やかましい課程がきめられていた。日曜大祭日は、その労役が免除された。そういう日・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ しかもブルジョア社会文化は、いかに表面を種々様々の花束・手套・行儀作法でとりかざろうとも、本質において男尊女卑であり、婦人の性はその特殊性をも十分晴れやかにのばし得る形態において同位ではない。それ故進歩的思索を可能とする婦人は、先ず家・・・ 宮本百合子 「婦人作家は何故道徳家か? そして何故男の美が描けぬか?」
出典:青空文庫