・・・これは駄菓子屋に売っている行軍将棋の画札である。川島は彼等に一枚ずつその画札を渡しながら、四人の部下を任命した。ここにその任命を公表すれば、桶屋の子の平松は陸軍少将、巡査の子の田宮は陸軍大尉、小間物屋の子の小栗はただの工兵、堀川保吉は地雷火・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・と交る交るいって、向合って、いたいたけに袖をひたりと立つと、真中に両方から舁き据えたのは、その面銀のごとく、四方あたかも漆のごとき、一面の将棋盤。 白き牡丹の大輪なるに、二ツ胡蝶の狂うよう、ちらちらと捧げて行く。 今はたとい足許が水・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「お床几、お床几。」 と翁が呼ぶと、栗鼠よ、栗鼠よ、古栗鼠の小栗鼠が、樹の根の、黒檀のごとくに光沢あって、木目は、蘭を浮彫にしたようなのを、前脚で抱えて、ひょんと出た。 袖近く、あわれや、片手の甲の上に、額を押伏せた赤沼の小さな・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・……思え、講釈だと、水戸黄門が竜神の白頭、床几にかかり、奸賊紋太夫を抜打に切って棄てる場所に……伏屋の建具の見えたのは、どうやら寂びた貸席か、出来合の倶楽部などを仮に使った興行らしい。 見た処、大広間、六七十畳、舞台を二十畳ばかりとして・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・の蔭に一むら生茂りたる薄の中より、組立てに交叉したる三脚の竹を取出して据え、次に、その上の円き板を置き、卓子後の烏、この時、三羽とも無言にて近づき、手伝う状にて、二脚のズック製、おなじ組立ての床几を卓子の差向いに置く。初の烏、ま・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 或殿が領分巡回の途中、菊の咲いた百姓家に床几を据えると、背戸畑の梅の枝に、大な瓢箪が釣してある。梅見と言う時節でない。「これよ、……あの、瓢箪は何に致すのじゃな。」 その農家の親仁が、「へいへい、山雀の宿にござります。」・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ と小宮山は傍を向いて、飲さしの茶を床几の外へざぶり明けて身支度に及びまする。 三 小宮山は亭主の前で、女の話を冷然として刎ね附けましたが、密に思う処がないのではありませぬ。一体この男には、篠田と云う同窓の友・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・茶の湯などの面白味が少しでも解る位ならば、そんな下等な馬鹿らしい遊びが出来るものでない、故福沢翁は金銭本能主義の人であったそうだが、福翁百話の中には、人間は何か一つ位道楽がなくてはいけない、碁でも将棋でもよい、なんにも芸も道楽もない人間・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 青年は最初将棋の歩み方を知りませんでした。けれど老人について、それを教わりましてから、このごろはのどかな昼ごろには、二人は毎日向かい合って将棋を差していました。 初めのうちは、老人のほうがずっと強くて、駒を落として差していましたが・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・ 坂を降りて北へ折れると、市場で、日覆を屋根の下にたぐり寄せた生臭い匂いのする軒先で、もう店をしもうたらしい若者が、猿股一つの裸に鈍い軒灯の光をあびながら将棋をしていましたが、浜子を見ると、どこ行きでンねンと声を掛けました。すると、浜子・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫