・・・外見は立派な役所に似ず薄暗いきたないところに床几が並んでいます。そこにもう二十人近い男女のひとが来ていましたが、初めてこういうところへ来て私が珍しく感じたことは、来ている人の多くが元気な眼つきをして互に挨拶したり話しをしたりして、ちっとも普・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・たとえば将棋をするといつも殿様が勝てるようにする。そこで俺が勝つばかりでは詰らない、少しは負かしてみろというと、今度は機械的に負ける。つまり人間らしいむき出しの交渉がない。忠直卿は激しくて何でも人間の本当のものにふれてみたいのですから、今度・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・暫くして今度は自分が高等によび出され、正面に黒板のある警官教室みたいなところを通りがかると、沢山並んでいる床几の一つに娘さんがうなだれて浅く腰かけ、わきに大島の折目だった着物を着た小商人風の父親が落着かなげにそっぽを向きながらよそ行きらしく・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・一番戸に近い側の女たちは、後の本棚と机との狭い間できゅうくつそうに床几にかけ、しかもそんなことには頓着しない風で、一生懸命手帳に何か書いている。 質素な服装。がっしりした肩つきだ。若いの、中年の、いれまじった顔は、どれも自分たちの思考力・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・奥に家族の寝台がある土間に床几と卓を並べ、燻る料理ストーブが立っているわきの壁に、羊の股肉とニンニクの玉とがぶら下っている。そういう風なのである。 バクー名所の一つである九世紀頃のアラビア人の防壁を見物して、磨滅した荒い石段々を弾む足ど・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ 行って見ますと、寒くは有るし正月では有るしと云うので店を閉めて、よくお茶等を飲んだ床几なども足を外に向けて高い所に吊りあげて仕舞ってありました。失望は仕ましたものの、前に幾度もお煎餅を食べたりした所だと云う事は少なからず弟の気を引き立・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・の少女が首に手拭をむすび裾をはし折って花見の人が去った後の緋モーセンの床几の上へ一人、すねを並べて足袋をつき出しているところが描かれている。この小さい諷刺的な絵は、感覚的な効果をもって日本の下層階級生活の貧困と猥雑さとその日暮しの感じとを、・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・みの一つだになきぞ悲しきと云って、娘が笠の上に花の咲いた山吹の枝をのせて、鹿皮のむかばきをつけて床几にかけている太田道灌にさし出している絵も見た。この絵は、『少女画報』という雑誌にのっていたと思う。 太田道灌が、あっちからこっちへと武蔵・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・床屋の前の床几に五六人、七つ八つから十三四までの男の子が集っている。ちょうどあった泥たんこを、私共は左右によけて一二歩歩いたと思うと、不図背後で何か気勢がした。Yが反射的に後を振かえった。私も。子供を背負った一番大きい男の子が急いで床几に戻・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・そして、岩波の『文学』、『教育』、『哲学』が、博文館の将棋の友とかいう娯楽の雑誌と同じ類別にくまれて投票されていたとおぼえる。「研究」という内容は様々で、中学生の英語の研究と、斎藤茂吉氏の柿本人麿の研究とはおのずから異っているのが現実で・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
出典:青空文庫