・・・百花園の床几。 大東屋の彼方の端で、一日がかりで来ているらしい前掛に羽織姿の男が七八人噪いでいる。「おや、しゃれたものを描くんだね、三十一文字かい」 楽焼の絵筆を手に持ったままわざわざ立って来、床几にあがって皿にかがみこんで・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・ 建物の横手に大型トラックが来ていて、手拭で頭をくるりと包んだジャムパー姿の若い人が三四人で、トラックの上から床几をおろしているところであった。 床几は、粗末ではあるがどれも真新しく木の香がした。真新しいのは、その床几ばかりでなかっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 右手の粗末な数列の床几に、ドタ靴の委員たちがゾロリとかけ、新しい木や古い木をブッつけた台の上へ議長がのっている。 ┌────────────────────┐ │文学運動の基礎を全国の工場へ! 農村へ!│ └────・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・矯風会の廃娼運動は、娘が娼妓に売られて来る根源の社会悪を殲滅し得ない。 小さい自作農の息子が分家をするだけの経済力がないために結婚難に陥っていること、またそういうところの若い娘たちが、また別の同じような農家へいわば一個の労働力として嫁に・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・ ゴーリキイの原稿、それから一九〇五年にゴーリキイが宣伝文をかいたというために検挙されたペテロパヴロフスクの要塞監獄の監房の写真、さらにトルストイやチェホフなどとあつまっている記念写真、レーニンと西洋将棋をさしている写真など興味ふかいものが・・・ 宮本百合子 「私の会ったゴーリキイ」
・・・そんな時には、今度東京に行ったら、三本足の床几を買って来て、ここへ持って来ようなんぞと思っている。 孵えた雛は雌であった。至極丈夫で、見る見る大きくなる。大きくなるに連れて、羽の色が黒くなる。十日ばかりで全身真黒になってしまった。まるで・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ 農婦は場庭の床几から立ち上ると、彼の傍へよって来た。「馬車はいつ出るのでござんしょうな。悴が死にかかっていますので、早よ街へ行かんと死に目に逢えまい思いましてな。」「そりゃいかん。」「もう出るのでござんしょうな、もう出るっ・・・ 横光利一 「蠅」
・・・ 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した。「何に? 文句をいうな。もう一番じゃ。」 すると、廂を脱れた日の光は、彼の腰から、円い荷物のような猫背の上へ乗りかかって来た。 三 宿場の・・・ 横光利一 「蠅」
・・・俳句の味ばかりでなく、釣りでも、将棋でも、その他人生のいろいろな面についてそうであった。そういう味は説明したところで他の人にわかるものではない。味わうのはそれぞれの当人なのであるから、当人が味わうはたらきをしない限り、ほかからはなんともいた・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫