・・・あの画面に漲っていた傷心の感、自分が時に苦しむ或る気分が、不思議に柔かい黄色帽となって、椅子にとまった瘠男の頭にのっているような気がしました。〔一九二二年十二月〕 宮本百合子 「外来の音楽家に感謝したい」
・・・ 一応御報告というところへ云いつくせぬ小心な恨みをこめ、対手にはだが一向痛痒を与え得ず、父親が去ると、主任は椅子をずらして、「どうです」と自分に向った。「ああいうのをきいて、何と感じます」「あなた方が益々憎らしい」「・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 粤東盲妓という題の詩が幾篇もあって、なかに、亭々倩影照平湖 玉骨泳肌映繍繻斜倚竹欄頻問訊 月明曾上碧山無 魯迅の傷心の深さ、憤りの底は、云わばこういうところまでさぐり入って共感されなければならないものな・・・ 宮本百合子 「書簡箋」
・・・そのように覚えのよい、小心な、根気よいところあって、哀れ。 ○四つの子供がよく大人の言葉と表情を理解するだけでもおどろくべきものだ。 ○「ああ 一寸姐さん」と立つ関さんの後を 「ワアー たあたん」 と忽ちかけ出す 「ああ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・純なよきものが現れていて、これを描いた人はどんなに彼を理解し愛していたか、また愛されるだけのよさ、心のよさ、小心な位のよさを持った彼であったかが感じられた。 柩が白い花と六本の小さい蝋燭に飾られ、読経の間に風が吹いて、六つの光が一つ消え・・・ 宮本百合子 「田端の坂」
・・・で、ベルクナアが示したような表面の技法で、内実は父権制のもとにある家庭の娘、戸主万能制のもとにある妻、母の、つながれた女の昔ながらの傷心が物を云っているところにある。女の過ちの実に多くが、感情の飢餓から生じている。その点にふれて見れば、女の・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・の慾望と焦心がトゥール生れの彼をもはっきり掴んだのであった。 バルザックは、熱中して金儲けのことを考えるようになった。貴族になるどころか、満足に自活も出来ない当時の現状は彼を苦しめた。どちらかといえばバルザックより遙に実際的であったベル・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・けれども、これらの作者たちは、いい合わせたように、現実のその面はえぐりださず、自身の側だけを、ああ、こうと、取上げ、その関係において中心を自分一個の弱さ暗さにうつし、結局、傷心風な鎮魂歌をうたってしまっている。 動揺のモメントが共産主義・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・彼等の人生に対する抗議に、ゴーリキイは自分の憤りにみちた傷心がこめられているように感じる。けいず買いのトルーソフは、こういう人生の微妙な岐路にあるゴーリキイを眺めて、そして、云うのであった。「マクシム、お前は泥棒の悪戯には入るな! 俺は・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・利かないもんかな、などと云う言葉を理解した。小心なジェルテルスキーはその場合、一番彼に近くいる位置の関係から云っても、何とか一言親しみある言葉を与えたかった。然し、彼には適当な日本語が見つからない。――つまり彼も黙って、タイプライターを打ち・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫