・・・ 思わずも悚然せしが、これ、しかしながら、この頃のにはあらじかし。 今は竹の皮づつみにして汽車の窓に売子出でて旅客に鬻ぐ、不思議の商標つけたるが彼の何某屋なり。上品らしく気取りて白餡小さくしたるものは何の風情もなし、すきとしたる黒餡・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・杯に、座蒲団に坐って、蔽のかかった火桶を引寄せ、顔を見て、ふとった頬でニタニタと笑いながら、長閑に煙草を吸ったあとで、円い肘を白くついて、あの天眼鏡というのを取って、ぴたりと額に当てられた時は、小僧は悚然として震上った。 大川の瀬がさっ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・と剣もほろろに挨拶をされて、悄然新聞社の門を出たことがある。 されば僕の作で世の中に出た一番最初のものは「冠弥左衛門」で、この次に探偵小説の「活人形」というのがあり、「聾の一心」というのがある。「聾の一心」は博文館の「春夏秋冬」という四・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ とおくれ毛を風に吹かせて、女房も悚然とする。奴の顔色、赤蜻蛉、黍の穂も夕づく日。「そ、そんなくれえで、お浜ッ児の婿さんだ、そんなくれえでベソなんか掻くべいか。 炎というだが、変な火が、燃え燃え、こっちへ来そうだで、漕ぎ放すべい・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 悚然とする。あれが魔法で、私たちは、誘い込まれたんじゃないんでしょうかね。」「大丈夫、いなかでは遣る事さ。ものなりのいいように、生れ生れ茄子のまじないだよ。」「でも、畑のまた下道には、古い穀倉があるし、狐か、狸か。」「そんな事・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ ああ、山伏を見て、口で、ニヤリと笑う。 悚然とした。「鷺流?」 這う子は早い。谿河の水に枕なぞ流るるように、ちょろちょろと出て、山伏の裙に絡わると、あたかも毒茸が傘の轆轤を弾いて、驚破す、取て噛もう、とあるべき処を、――・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 蜘蛛の囲の虫晃々と輝いて、鏘然、珠玉の響あり。「幾干金ですか。」 般若の山伏がこう聞いた。その声の艶に媚かしいのを、神官は怪んだが、やがて三人とも仮装を脱いで、裸にして縷無き雪の膚を顕すのを見ると、いずれも、……血色うつくしき・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ や、もうその咳で、小父さんのお医師さんの、膚触りの柔かい、冷りとした手で、脈所をぎゅうと握られたほど、悚然とするのに、たちまち鼻が尖り、眉が逆立ち、額の皺が、ぴりぴりと蠢いて眼が血走る。…… 聞くどころか、これに怯えて、ワッと遁げ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・といって、目を剥いて、脳天から振下ったような、紅い舌をぺろりと出したのを見て、織次は悚然として、雲の蒸す月の下を家へ遁帰った事がある。 人間ではあるまい。鳥か、獣か、それともやっぱり土蜘蛛の類かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・そこで、小さな懐中へ小口を半分差込んで、圧えるように頤をつけて、悄然とすると、辻の浪花節が語った……「姫松殿がエ。」 が暗から聞える。――織次は、飛脚に買去られたと言う大勢の姉様が、ぶらぶらと甘干の柿のように、樹の枝に吊下げられて、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
出典:青空文庫