・・・「これから将来、君がどんな出世をするかも知れない。僕がまた今日の君のように困らないとも限らない。まあ、君、左様じゃないか。もし君が壮大な邸宅でも構えるという時代に、僕が困って行くようなことがあったら、其時は君、宜敷頼みますぜ。」「へへへ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・あるいは百年千年の後には、その方が一層幸福な生存状態を形づくるかも知れないが、少なくともすぐ次の将来における自己の生というものが威嚇される。単身の場合はまだよいが、同じ自己でも、妻と拡がり子と拡がった場合には、いよいよそれが心苦しくなる。つ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
一 祝言の夜ふけ、新郎と新婦が将来のことを語り合っていたら、部屋の襖のそとでさらさら音がした。ぎょっとして、それから二人こわごわ這い出し、襖をそっとあけてみると、祝い物の島台に飾られてある伊勢海老が、ま・・・ 太宰治 「花燭」
・・・それに加えて、生来の臆病者でありますから、文壇の人たちとの交際も、ほとんど、ございませんし、それこそ、あの古い感傷の歌のとおりに、友みなのわれより偉く見える日は、花を買い来て妻と楽しんでいるような、だらしの無い、取り残された生活をしていて、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ ここは武蔵野のはずれ、深夜の松籟は、浪の響きに似ています。此の、ひきむしられるような凄しさの在る限り、文学も不滅と思われますが、それも私の老書生らしい感傷で、お笑い草かも知れませぬ。先生御自愛を祈ります。敬具。 六月十日木戸・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・事実、笠井さんは、良い夫、良い父である。生来の臆病と、過度の責任感の強さとが、笠井さんに、いわば良人の貞操をも固く守らせていた。口下手ではあり、行動は極めて鈍重だし、そこは笠井さんも、あきらめていた。けれども、いま、おのれの芋虫に、うんじ果・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 生来、理論の不得意な勝治は、ただ、閉口するばかりである。けれども勝治は、杉浦透馬を拒否する事は、どうしても出来なかった。謂わば蛇に見込まれた蛙の形で、這いつくばったきりで身動きも何も出来ないのである。あまりいい図ではなかった。この事に・・・ 太宰治 「花火」
・・・女色の趣味は生来解している。これは遺伝である。そこで目差す女が平凡な容貌でないことは、言うまでもない。女は女優である。遊んだり、人のおもちゃになったりしていずに、少し稽古でもしたら、立派な俳優になった女かも知れない。どうかして舞台で旨い事を・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・聯想は聯想を生んで、その身のいたずらに青年時代を浪費してしまったことや、恋人で娶った細君の老いてしまったことや、子供の多いことや、自分の生活の荒涼としていることや、時勢におくれて将来に発達の見込みのないことや、いろいろなことが乱れた糸のよう・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・猶将来共。」あとは読んでも見なかった。 おれはホテルを出て、沈鬱して歩いていた。頼みに思った極右党はやはり頼み甲斐のない男であった。さてこれからどうしよう。なんだっておれはロシアを出て来たのだろう。今さら後悔しても駄目である。幸にも国に・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫