・・・にわとりはもうむこう向でしらんかおして土をつついて居る。 私は始から終りまでの事をお話するとお祖母様はあきれた顔をして「まあなんだねー、女のくせに、もう十一にもなってさあ昔なんかは十五にもなればもうお嫁に行ったもんだよ」と叱られた。・・・ 宮本百合子 「三年前」
・・・○手帖、 その間から新聞の切抜 カスト ダアカストするそのキカイとカストとを二つながら製造する目ろみ、○「まだ関西にもこれはないそうですから いろいろ研究しているんです、しらんぷりして。」○女房には「話しま・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・ 神から生を受けられたものの尊い賤しいにかかわらずどっかしらん共通の思いが魂の一部に巣くって居るんだろう。 こんな事も思った。 ぶなの木 かなり沢山の木々が皆緑りになった中にぶなの木ばかりは、はずむ様な五月の・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 魚の不愉快な臭いがどこかしらんただよって居る。とか云ってよこした返事を丁寧に馬鹿正直な位に書いた。 三日ほどしたらいらっしゃいとも云ってやった。 白い無地の封筒に入れたプクーンとしたのをすぐ前のポストに入れに自分で出かけた・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・私はそれにどんな意味があるかと云う事も知って居たんでしらんぷりをして後を向いて居た。「嬉しい!」お妙ちゃんが小さい声でこう云った時私はしずかに後をむいた。「私も嬉しいわお妙ちゃん」笑いながらこんな事を云った。「マア、あんたはん知っておいでや・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
暑い日に、愛らしく溌剌とした若い娘たちが樹かげにかたまって立って、しきりに何か飲みたがっている。ああ、これはどうかしらんといって、樹かげの見捨てられた古屋台の中から、すっかり気がぬけて、腐っている色付ミカン水の瓶をひっぱり・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・ 女は気のない返事をして、男は一寸もこんな事を考える事はないのかしらんと思った。男の手を後から廻して自分の手をもちそえて頭を力いっぱいにしめつけた。そして神経的なまとまりのない高笑いをした。 もう男にすれきった女のする様な大胆な凝視・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫