・・・ 実際自分がツルゲーネフを翻訳する時は、力めて其の詩想を忘れず、真に自分自身其の詩想に同化してやる心算であったのだが、どうも旨く成功しなかった。成功しなかったとは云え、標準は矢張り其処にあったのである。但だ、自分が其の間に種々と考えて見・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・家庭は、既に強権によって、破壊されている。真に人間の心と体とが暖り合う家庭を破壊しながら、あらゆる社会的困難が発生すると、女子はすぐ家庭へ帰れるかのように責任回避して語られる。けれども、私たちの現実は、どうであろう。私たちに、もし帰る家庭が・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・鼠坂の名、真に虚しからずである。 その松の木の生えている明屋敷が久しく子供の遊場になっていたところが、去年の暮からそこへ大きい材木や、御蔭石を運びはじめた。音羽の通まで牛車で運んで来て、鼠坂の傍へ足場を掛けたり、汽船に荷物を載せる Cr・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・雁を見てなげいたという話は真に……雁、雁は翼あって……のう」 だが身贔負で、なお幾分か、内心の内心には「まさか殺されはせまい」の推察が虫の息で活きている。それだのに涙腺は無理に門を開けさせられて熱い水の堰をかよわせた。 このままでや・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・だけでは何にもならない、真に知ることが、体得することが、重大なのだ。――これは古い言葉である。しかし私は時々今さららしくその心持ちを経験する。 ――誰でも自分自身のことは最もよく知っている。そして最も知らないのはやはり自己である。「汝自・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫