・・・そのために、封建的な自我の剥脱に抗する心持と、新しい社会的事情に向っての闘争の過程で自己を拡大するため、集団的、階級的な形態で自我が認識されなければならないという事実との間に、面倒な理解の混乱が生じ勝ちであり、後者に反撥して自我を主張するこ・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・五十七歳の時のケーテの自画像には、しずかな老婦人の顔立のうちに、刻苦堅忍の表情と憐憫の表情と、何かを待ちかねているような思いが湛えられている。 晩年のケーテの作品のあるものには、シムボリックな手法がよみがえっている。が、そこには初期の作・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・悲しい火花のような自由民権思想の短い閃きをもったまま、それが空から消されたあとは、半封建のうすくらがりの低迷のうちに、自我を模索し、この自然と社会との見かたに科学のよりどころを発見しようとしてきた。われらの故国のおくれた資本主義経済の事情は・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・に影響されて当時の青鞜社風の女性の自我の覚醒と、対立者としての男性および恋愛との格闘を主題とした「煤煙」は自然主義的なリアリズムと、主観的ロマンチズムのまざりあった作品であったと記憶します。その森田氏は長篇「輪廻」をかきました。これも自然主・・・ 宮本百合子 「心から送る拍手」
・・・ポケットの手帖にかかれた瀕死の自画像によって。〔一九五一年三月〕 宮本百合子 「ことの真実」
・・・ Stirnerの人生観のように、あらゆる観念を破壊して、跡に自我ばかりを残したものがあって、それを個人主義とも名づけたことがある。あれは無政府主義の土台になっている。しかしあれは自我主義である。利己主義である。 利己主義は倫理上に・・・ 森鴎外 「文芸の主義」
・・・に於けるが如く、プロットの進行に時間観念を忘却させ、より自我の核心を把握して構成派的力学形式をとることに於て、表現派とダダイズムは例えば今東光氏の諸作に於けるが如く、石浜金作氏の近作に於けるが如く、時間空間の観念無視のみならず一切の形式破壊・・・ 横光利一 「新感覚論」
自分にとっては、強く内から湧いて来る自己否定の要求は、自己肯定の傾向が隈なく自分を支配していた後に現われて来た。そうしてそれは自分を自己肯定の本道に導いてくれそうに思われる。 自我の尊重、個人の解放、――これらの思想はただ思想とし・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・ キーツが何と言おうともこの「自我」なき「山の人」は憐れむべき者である。霊活の詩人が山の奥に山の人の衣を着る時、山の人は「人」として第一義に活動する。すべてを超越した山の人はついに心霊をも超越し去った。最も鹿と猪とに近くなって第十義に堕・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫