これは、いま、大日本帝国の自存自衛のため、内地から遠く離れて、お働きになっている人たちに対して、お留守の事は全く御安心下さい、という朗報にもなりはせぬかと思って、愚かな作者が、どもりながら物語るささやかな一挿話である。大隅・・・ 太宰治 「佳日」
・・・しかし英語だけの本城に生涯の尻を落ちつけるのみならず、櫓から首を出して天下の形勢を視察するほどの能力さえなきものが、いたずらに自尊の念と固陋の見を綯り合せたるごとき没分暁の鞭を振って学生を精根のつづく限りたたいたなら、見じめなのは学生である・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・空間的関係の名を与えるのであります。だからしてこれも両意識の間に存する一種の関係であって、意識そのものを離れて空間なるものが存在しているはずがない。空間自存の概念が起るのはやはり発達した抽象を認めて実在と見做した結果にほかならぬ。文法と云う・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・人間は一方でイミテーション、一方で独立自尊、というような傾向を有っている。その内で区別して見れば、横着な奴と、横着でない奴と、横着でないけれども分らないから横着をやって、まあ朝八時に起きる所を自然天然の傾向で十時頃まで寐ている。それはインデ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・我輩は婦人の為めに謀り、軽々女大学の文に斯かれずして自尊自重、静に自身の権利を護らんことを勧告するものなり。 又云く、古の法に女子を産めば三日床の下に臥さしむと言えり。是れも男は天に比え女は地に象る云々と。是れ亦前節同様の空論にして取る・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・吾々は諸氏の自尊自重を助成する者なり。 本塾に入りて勤学数年、卒業すれば、銭なき者は即日より工商社会の書記、手代、番頭となるべく、あるいは政府が人をとるに、ようやく実用を重んずるの風を成したらば、官途の営業もまた容易なるべく、幸にして資・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・其原因様々なる中にも、少小の時より教育の方針を誤りて自尊自重の徳義を軽んじ、万有自然の数理を等閑にし、徒に浮華に流れて虚文を弄ぶが如き、自から禍源の大なるものと言う可し。例えば学校の女生徒が少しく字を知り又洋書など解し得ると同時に、所謂詠歌・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・兵馬匆卒の際、言論も自由なれば、思うがままに筆を揮うてはばかるところなく、有形の物については物理原則のあざむくべからざるを説き、無形の事に関しては人権の重きを論じ、ことに独立の品行、自尊自重の旨を勧告してその著書も少なからず、これがために当・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・ゲーテは女との結合、離別に際していつも自身の天才に対する、或る点では坊ちゃんらしい自尊自衛から自由になり得ていないのであるが、ゴーリキイは自分の才能と女の天分との比較裁量などということはしていない。一人の女としてその女なりの生活を認め、同時・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・しかし女としては、と女に向けられた面での言葉は、決して四十何年か前、福沢諭吉が気魄をこめて女子を励ました、そのような人間独立自尊の精神の力はこめられていない。貝原益軒の「女大学」を評して、常に女に与えられている「仕える」という言葉を断じて許・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
出典:青空文庫