・・・応募者の試験委員たちの採点表中に容貌の条項はあっても腕の条項がないかもしれないが、少なくも食堂の場合には、これも一つのかなりの程度まで考慮さるべきアイテムとなるべきものかもしれない。 器量のよくないので美しい腕の持ち主もある一方ではまた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・太十とお石との情交は移らなかった。お石は顔に小さい皺が見えて来てもう遠から白粉は塗られなかった。盲目の衰え易い盛りの時期は過ぎ去って居るのである。其でも太十の情は依然として深かった。四 彼がお石を知ってから十九年目、太十が六・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・文学上の述作を批判するにあたって批判すべき条項を明かに備えねばならぬ。あたかも中学及び高等学校の規定が何と何と、これこれとを修め得ざるものは学生にあらずと宣告するがごとくせねばならん。この条項を備えたる評家はこの条項中のあるものについて百よ・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・と題する一篇を草して批評すべき条項の複雑なる由を説明した。この篇は写生文を品評するに当ってその条項の一となるべき者を指摘してわが所論の応用を試みたものである。 夏目漱石 「写生文」
・・・しばらくこの二要素を文学の方へかためて申しますと、推移の法則は文学の力学として論ずべき問題で、逗留の状態は文学の材料として考えるべき条項であります。双方とも批評学の発達せぬ今日は誰も手を着けておりませんから、研究の余地は幾らでもあります。私・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 二人の制服巡査が、両方の乗降口に残って他のは出て行った。 プラットフォームは、混乱した。叫び声、殴る響、蹴る音が、仄暗いプラットフォームの上に拡げられた。 彼は、懐の匕首から未だ手を離さなかった。そして、両方の巡査に注意しなが・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交あるを知て情交あるを知らず、例えば今の浮世男子が芸妓などを弄ぶが如き、自から男女の交際とは言いながら、其調子の極めて卑陋にして醜猥無礼なるは、気品高き情交の区域を去ること遠し。仮令い直・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・には、男女両性の間は肉交のみにあらず、別に情交の大切なるものあれば、両性の交際自由自在なるべき道理を陳べたるに、世上に反対論も少なくして鄙見の行われたるは、記者の喜ぶ所なれども、右の「婦人論」なり、また「交際論」なり、いずれも婦人の方を本に・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・は、子無きは去る、という条項を承認して女にのぞんでいた。再びその不条理な不安が、子のない妻たちをさいなもうとするのであろうか。 そうでなくても、子供のもてない不安で、これまで夫婦の生活に神経をつかっていた多くの妻たちは、この頃のような声・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・ 更に、この条項を眺めていると、私たちの心には、まざまざと先頃厚生大臣から発表された最低賃銀の規定が浮んで来る。男子三〇歳―五〇歳、四百五十円。女子一五〇円と。「人」といううちに、女子を含まないはずはない。人というなかに、三〇歳未満の青・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
出典:青空文庫