・・・……亡きあとでも、その常用だった粗末な手ぶんこの中に、なおざりにちょっと半紙に包んで、といけぞんざいに書いたものを開けると、水晶の浄土珠数一聯、とって十九のまだ嫁入前の娘に、と傍で思ったのは大違い、粒の揃った百幾顆の、皆真珠であった。 ・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・これが常用手段になっていた。「可愛そうだな!」坑夫達は担架をかついで歩きながら涙をこぼした。「こんなに五体がちぎれちまって見るかげもありゃせん。」「他人事じゃねえぞ! 支柱を惜しがって使わねえからこんなことになっちゃうんだ!」武松は・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
八九歳のころ医者の命令で始めて牛乳というものを飲まされた。当時まだ牛乳は少なくとも大衆一般の嗜好品でもなく、常用栄養品でもなく、主として病弱な人間の薬用品であったように見える。そうして、牛乳やいわゆるソップがどうにも臭くっ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・子規自筆の記念品は、子規の家から中村不折の家に行く道筋を自分に教えるために描いてくれた地図である。子規常用の唐紙に朱罫を劃した二十四字十八行詰の原稿紙いっぱいにかいたものである。紙の左上から右辺の中ほどまで二条の並行曲線が引いてあるのが上野・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・ チューインガムの流行常用によってその歯噛みの動作の反応作用から日本人が生理的並びに心理的にだんだんアメリカ人のようなものに接近して行くというようなことはあり得ないものか。そういう日が来れば我国の俳諧は滅亡するであろう。そうして同時に日・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・民主的な日本への転換がいいはじめられ、ブルジョア民主主義という言葉が、半封建的日本という表現とともに、常用語のために生れた。軍国主義の餌じきとされて来ていた日本人民の人間性・知性が重圧をとりのぞかれてむら立つように声をあげはじめたとき、自我・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・例えばどんなに税が高くあろうとも妻や妹はウビガンの香水を常用しているという部分の人々にはどういう感じをおこさせるかしらないが、都会の人口の大多数を占める下級中級の若いサラリーマン、勤労青年たちが、いささかの慰みとしてアパートの部屋でかけて聴・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・我々が常用する丸善のアテナという封筒の屑であった。Yの立ったばかりのところだから、何となく愛を感じ、私はその書きそこないを手にとりあげた。ひろげて見たら、彼女らしくない弱々しい字で府下世田ヶ谷と書いてある。其那にペンがひどくなって居たかと思・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ ソフィヤ夫人が、巨人レフ・トルストイの思想と行為とを世俗の面へまで陥落させようとした時には常用の武器とされた子供たち。やがて、髭の剃りあとも青く母の側に立って「気狂い親爺」と父を罵り、子の権利を主張した息子たち。それらの息子等の生活態・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・の人は、うつむいて気ぜわしそうに眼鏡をかけ直しながら食堂の方へ去った。 防寒のために荒羅紗を入れ、黒い油布を張った上から鋲をうちつけた、あたりまえのロシアの戸だ。そこが「学者の家」の常用口だ。一番下に「風呂」という札が出ている。風呂はど・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫