・・・すぐ第一等の女工さんでごく上等のものばかり、はんけちと云って、薄色もありましょうが、おもに白絹へ、蝶花を綺麗に刺繍をするんですが、いい品は、国産の誉れの一つで、内地より、外国へ高級品で出たんですって。」「なるほど。」 ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・視線の中へ、自動車がのろのろと徐行して来た。旅館では河豚を出さぬ習慣だから、客はわざわざ料亭まで足を運ぶ、その三町もない道を贅沢な自動車だった。ピリケンの横丁へ折れて行った。 間もなく、その料亭へよばれた女をのせて、人力車が三台横丁へは・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・そこの女工さんたちが、作業しながら、唄うのだ。なかにひとつ、際立っていい声が在って、そいつがリイドして唄うのだ。鶏群の一鶴、そんな感じだ。いい声だな、と思う。お礼を言いたいとさえ思った。工場の塀をよじのぼって、その声の主を、ひとめ見たいとさ・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・T君の家の工場で働いている職工さん、女工さんたちも、工場を休んで見送りに来た。私は皆から離れて、山門の端のほうに立った。ひがんでいたのである。T君の家は、金持だ。私は、歯も欠けて、服装もだらしない。袴もはいていなければ、帽子さえかぶっていな・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ただこの映画を見ているうちに感じた一つのことは、この映画に使われている子供や女工や、その他の婦人の集団やがちょうど機械か何かのように使われていることである。これを見ていると、なんだか現在のロシアでは三度のめしを食うのでもみんな号令でフォーク・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 十時出帆徐行。運河の土手の上をまっ黒な子供の群れが船と並行して走りながら口々にわめいていた。船ではだれも相手にしないので一人減り二人減り、最後に残った二三人が滑稽な身ぶりをして見せた。そして暑い土手をとぼとぼ引き返して行った。両岸こと・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・こんな話をしながら徐行していると、車窓の外を通りかかった二三人の学生が大きな声で話をしている。その話し声の中に突然「ナンジャモンジャ」という一語だけがハッキリ聞きとれた。同じ環境の中では人間はやはり同じことを考えるものと見える。 アラン・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・三吉たちの熊本印刷工組合とはべつに、一専売局を中心に友愛会支部をつくっていて、弁舌がたっしゃなのと、煙草色の制服のなかで、機械工だけが許されている菜ッ葉色制服のちがいで、女工たちのあいだに人気があった。三吉は縁のはしに腰かけ、手拭で顔をふい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 赤い襷をかけた女工たちは、甲斐甲斐しく脱ぎ棄てられた労働服を、ポカポカ湯気の立ち罩めている桶の中へ突っ込んでいる。「おい止せよ、女の眼前で、そんなの脱がすのは止せよ」「止せたって……、おいお前たち、女の人は、一寸向うを向いてて・・・ 徳永直 「眼」
・・・ ――私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です。私の恋人は破砕器へ石を入れることを仕事にしていました。そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌りました。 仲間の人たちは、助け出そうと・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
出典:青空文庫