・・・僕はこう答えたが、心では、「芸者どころか、女郎や地獄の腕前もない奴だ」と、卑しんでいた。「あたいばかり責めたッて、しようがないだろうじゃないか?」吉弥はそのまなじりをつるしあげた。それに、時々、かの女の口が歪む工合は、お袋さながらだと見・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・上で新聞小説を書いて得意になって相方の女に読んで聞かせたり、また或る大家が吉原は何となく不潔なような気がするといいつつも折々それとなく誘いの謎を掛けたり、また或る有名な大家が細君にでもやるような手紙を女郎によこしたのを女郎が得意になってお客・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、小使らしい半纒着の男が二人、如露と箒とで片端から掃除を始める。私の傍の青い顔の男もいつの間にかいなくなった。ガランとした広い会所の窓ガラスには、赤い夕日がキラキラ輝いたが、その光の届かぬ所はもう薄暗い。 私はまた当もなくそこを出た。・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ぼうっとなって歩いているうちに、やがてアセチリン瓦斯の匂いと青い灯が如露の水に濡れた緑をいきいきと甦らしている植木屋の前まで来ると、もうそこからは夜店の外れでしょう、底が抜けたように薄暗く、演歌師の奏でるバイオリンの響きは、夜店の果てまで来・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・どんなに汚ないお女郎屋へも泊った。いや、わざと汚ない楼をえらんで、登楼した。そして、自分を汚なくしながら、自虐的な快感を味わっているようだった。 しかし、彼とても人並みに清潔に憧れないわけではない。たとえば、銭湯が好きだった。町を歩いて・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・「女子大出だって芸者だってお女郎だって、理窟を言おうと言うまいと、亭主を莫迦にしようとしまいと、抱いてみりゃア皆同じ女だよ」私は一合も飲まぬうちに酔うていた。「あんたはまだ坊ン坊ンだ。女が皆同じに見えちゃ良い小説が書けっこありません・・・ 織田作之助 「世相」
・・・鸚鵡の持ち主はどんな女だか知らないがきっと、海山千年の女郎だろうと僕は鑑定する。」「まアそんな事だろう、なにしろ後家ばあさん、大いに通をきかしたつもりで樋口を遊ばしたからおもしろい、鷹見君のいわゆる、あれが勝手にされてみたのだろうが、鸚・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・上等兵は、その写真を手に取って、彼の顔を見ながら、にや/\笑った。女郎の写真を彼が大事がっているのを冷笑しているのだが、上等兵も街へ遊びに出て、実物の女の顔を知っていることを思うと、彼はいゝ気がしなかった。女を好きになるということは、悪いこ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ロシア人の馬車を使って、五割の頭をはねた。女郎屋のおやじになった。森林の利権を買って、それをまた会社へ鞘を取って売りつけた。日本軍が撤退すると、サヴエート同盟の経済力は、シベリアにおいても復旧した。社会主義的建設が行われだした。シベリアで金・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ ついさき頃まで熱心に通っていた女郎のことなど、けろりと忘れてしまって、そんなことを頻りに話していた。「俺れゃ、家へ帰ったら、早速、嚊を貰うんだ。」シベリアへ志願をして来た福田も、今は内地へ帰るのを急いでいた。「露西亜語なんか分らな・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
出典:青空文庫