・・・と唱い終ると、また他の一人が声張り上げて、桑を摘め摘め、爪紅さした 花洛女郎衆も、桑を摘め。と唱ったが、その声は実に前の声にも増して清い澄んだ声で、断えず鳴る笛吹川の川瀬の音をもしばしは人の耳から逐い払っ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・川岸女郎になる気で台湾へ行くのアいいけれど、前借で若干銭か取れるというような洒落た訳にゃあ行かずヨ、どうも我ながら愛想の尽きる仕義だ。「そんな事をいってどうするんだエ。「どうするッてどうもなりゃあしねえ、裸体になって寝ているばかりヨ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・私は尚も言葉をつづけて、私、考えますに葛の葉の如く、この雪女郎のお嫁が懐妊し、そのお腹をいためて生んだ子があったとしたなら、そうして子供が成長して、雪の降る季節になれば、雪の野山、母をあこがれ歩くものとしたなら、この物語、世界の人、ことごと・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・淫乱だ。女郎だ。みんなに言ってやる。ようし、みんなに言ってやる。清蔵さん、お待ちなさい。何をなさる。気が狂ったか、糞婆め。(庖丁を取り上げ、あさを蹴倒お母さん! つらいわよう。聞いていました。立聞きして悪いと思ったけど、お前・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・長野も高坂も「女郎派」といわれていた。そして、この名前をつけたアナーキストの小野は、この春に上京してしまっていた。「どうだ、あがらんか」 深水はだいぶ調子づいていた。「おい、そっちに餉台をだしな」 嫁さんはなんでもうれしそう・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 暖簾外の女郎屋は表口の燈火を消しているので、妓夫の声も女の声も、歩み過る客の足音と共に途絶えたまま、廓中は寝静ってタキシの響も聞えない。引過のこの静けさを幸いといわぬばかり、近くの横町で、新内語りが何やら語りはじめたのが、幾とし月聞き・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ その頃、見返柳の立っていた大門外の堤に佇立んで、東の方を見渡すと、地方今戸町の低い人家の屋根を越して、田圃のかなたに小塚ッ原の女郎屋の裏手が見え、堤の直ぐ下には屠牛場や元結の製造場などがあって、山谷堀へつづく一条の溝渠が横わっていた。・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・私が西洋にいたのは今から四十年前の事だが、裸体なぞはどこへ行っても見られるから別に珍しいとも思わなかった。女郎屋へ上って広い応接間に案内されると、二、三十人裸体になった女が一列になって出て来る。シャンパンを抜いてチップをやると、女たちは足を・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・要するに生活上の利害から割り出した嘘だから、大晦日に女郎のこぼす涙と同じくらいな実は含んでおります。なぜと云って御覧なさい。もし時間があると思わなければ、また時間を計る数と云うものがなければ、土曜に演説を受け合って日曜に来るかも知れない。御・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・それから如露を持って風呂場へ行って、水道の水を汲んで、籠の上からさあさあとかけてやった。如露の水が尽きる頃には白い羽根から落ちる水が珠になって転がった。文鳥は絶えず眼をぱちぱちさせていた。 昔紫の帯上でいたずらをした女が、座敷で仕事をし・・・ 夏目漱石 「文鳥」
出典:青空文庫