・・・保吉はライスカレエを掬いながら、嫌な奴だなと思っていた。これが泉鏡花の小説だと、任侠欣ぶべき芸者か何かに、退治られる奴だがと思っていた。しかしまた現代の日本橋は、とうてい鏡花の小説のように、動きっこはないとも思っていた。 客は註文を通し・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・きのう僕の読みかけたのは信乃、現八、小文吾などの荘助を救いに出かけるところだった。「その時蜑崎照文は懐ろより用意の沙金を五包みとり出しつ。先ず三包みを扇にのせたるそがままに、……三犬士、この金は三十両をひと包みとせり。もっとも些少の東西なれ・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・おぎんはさん・じょあん・ばちすたが、大きい両手のひらに、蝗を沢山掬い上げながら、食えと云う所を見た事がある。また大天使がぶりえるが、白い翼を畳んだまま、美しい金色の杯に、水をくれる所を見た事もある。 代官は天主のおん教は勿論、釈迦の教も・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ 彼はさすがにぎょっとして、救いを請うように父の方を見た。「演説なんぞありゃしないよ。どこにもそんな物はないんだからね、今夜はゆっくり寝た方が好いよ。」 賢造はお律をなだめると同時に、ちらりと慎太郎の方へ眼くばせをした。慎太郎は・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・人に救いを求めることすらし得ないほど恐ろしいことがまくし上がったのを、誰も見ないうちに気がつかないうちに始末しなければならないと、気も心も顛倒しているらしかった。泣きだす前のようなその子供の顔、……こうした suspense の状態が物の三・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・この時人が精力を搾って忘れようと勉めた二つの道は、まざまざと眼前に現われて、救いの道はただこの二つぞと、悪夢のごとく強く重く人の胸を圧するのである。六 人はいろいろな名によってこの二つの道を呼んでいる。アポロ、ディオニソスと・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・いわゆる文壇餓殍ありで、惨憺極る有様であったが、この時に当って春陽堂は鉄道小説、一名探偵小説を出して、一面飢えたる文士を救い、一面渇ける読者を医した。探偵小説は百頁から百五十頁一冊の単行本で、原稿料は十円に十五円、僕達はまだ容易にその恩典に・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・……掬い残りの小こい鰯子が、チ、チ、チ、……青い鰭の行列で、巌竃の簀の中を、きらきらきらきら、日南ぼっこ。ニコニコとそれを見い、見い、身のぬらめきに、手唾して、……漁師が網を繕うでしゅ……あの真似をして遊んでいたでしゅ。――処へ、土地ところ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 俯向きざま掌に掬いてのみぬ。清涼掬すべし、この水の味はわれ心得たり。遊山の折々かの山寺の井戸の水試みたるに、わが家のそれと異らずよく似たり。実によき水ぞ、市中にはまた類あらじと亡き母のたまいき。いまこれをはじめならず、われもまたしばし・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・……お救い下され、南無普門品、第二十五。」 と炉縁をずり直って、たとえば、小県に股引の尻を見せ、向うむきに円く踞ったが、古寺の狸などを論ずべき場合でない――およそ、その背中ほどの木魚にしがみついて、もく、もく、もく、もく、と立てつけに鳴・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
出典:青空文庫