・・・ 若し此運命から僕を救い得る人があるなら、僕は謹しんで教を奉じます。其人は僕の救主です。」 七 自分は一言を交えないで以上の物語を聞いた。聞き終って暫くは一言も発し得なかった。成程悲惨なる境遇に陥った人であると・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ 二郎やむを得ず宝丹取りだして、われに渡しければわれ直ちに薬を掬いて貴嬢が前に差しいだしぬ、この時貴嬢が眼うるみてわが顔を打ち守りたまいたる、ああ刻き君かなとのたまいしようにわれは覚えぬ。 たやすく貴嬢が掌いだしたまわぬを見てかの君・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・強いてやっていけるにしても、それよりも就職して収入を増し、家庭の窮迫を救いたくなるであろう。そしてそのことはまた家庭の団欒と母性愛を損じる。 職業か結婚かの問題は普通の婦人の場合結婚せずして幸福であり得るはずはない。結婚生活の窮乏に堪え・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・次に魚がぎゅっと締める時に、右の竿なら右の手であわせて竿を起し、自分の直と後ろの方へそのまま持って行くので、そうすると後ろに船頭がいますから、これが網をしゃんと持っていまして掬い取ります。大きくない魚を釣っても、そこが遊びですから竿をぐっと・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・成る程、人道主義者には此処はあんなにも悲痛で、陰惨で、救いのないものに見えるかも知れないが未来を決して見失うことのないプロレタリアートは何処にいようが「朗か」である。のん気に鼻唄さえうたっている。 時々廊下で他の「編笠」と会うことがある・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・河へ抄いに行った鰍を思出した。榎の樹の下で橿鳥が落して行った青い斑の入った羽を拾ったことを思出した。栗の樹に居た虫を思出した。その虫を踏み潰して、緑色に流れる血から糸を取り、酢に漬け、引き延ばし、乾し固め、それで魚を釣ったことを思出した。彼・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・震災後は働きたいにも仕事がないと言って救いを求めるもの、私たちの家へ来るまでに二日も食わなかったというもの、そういう人たちを見るたびに私は自分の腰に巻きつけた帯の間から蝦蟇口を取り出して金を分けることもあり、自分の部屋の押入れから古本を取り・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・しかしておかあさんがむすめを抱かないほうの手を延ばしてその枝をつかむと、松はみずから立ちなおって、うれいにしずむおかあさんを沢の中から救い上げてくれました。 その時霧はふきはらわれて、太陽はまた照り始めました。しかして二人は第四の門に近・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・書くのがつらくて、ヤケ酒に救いを求める。ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハッキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。 私は議論をして・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・事実は知らず、転向という文字には、救いも光明も意味されている筈である。そんなら、かれの場合、これは転向という言葉さえ許されない。廃残である。破産である。光栄の十字架ではなく、灰色の黙殺を受けたのである。ざまのよいものではなかった。幕切れの大・・・ 太宰治 「花燭」
出典:青空文庫