・・・ 森さんが電話をかけてくれた時分には、場所はたいてい約束済みになっていた。そして桝が四人詰であったところから仲間を誰れと誰れとにしようかと、そんな評定をしているうちにお絹が少し困った立場に立つことになってきた。女たちが三人行くことになれ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「相済みません、この通りで御在います。茅場町までつづいておりますから……。」 菓子折らしい福紗包を携えた彼の丸髷の美人が車を下りた最後の乗客であった。二 自分は既に述べたよう何処へも行く当てはない。大勢が下車するその・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ よく誤解される事がありますので、そんな事があっては済みませんから、ちょっと注意を申述べて置きます。教育といえばおもに学校教育であるように思われますが、今私の教育というのは社会教育及家庭教育までも含んだものであります。 また私のここ・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・ これで文芸家の理想の種類及びその説明はまず一と通り済みました。概括すると、一が感覚物そのものに対する情緒。二が感覚物を通じて知、情、意の三作用が働く場合でこれを分って、知の働く場合情の働く場合意志の働く場合となります。この四大別の上に・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・と、お熊は障子を開けて、「小万さんの花魁、どうも済みませんね」と、にッこり会釈し、今奥へ行こうとする吉里の背後から、「花魁、困るじゃアありませんか」「今行くッたらいいじゃアないか。ああうるさいよ」と、吉里は振り向きもしないで上の間へ入ッ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・と云う電信をお発し下さいましたら、わたくしはすぐにパリイへ立つことにいたしましょう。済みませんが、も一つお願いがございます。御親切ついでに、どうぞあなたの方からお尋なすって下さいまし。あなたのお住いへ伺うことは憚りますのですから。わたくしは・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・江南の橘も江北に植えると枳殻となるという話は古くよりあるが、これは無論の事で、同じ蜜柑の類でも、日本の蜜柑は酸味が多いが、支那の南方の蜜柑は甘味が多いというほどの差がある。気候に関する菓物の特色をひっくるめていうと、熱帯に近い方の菓物は、非・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・この際私が将軍の勲章とエボレットとを盗みこれを食しますれば私共は死ななくても済みます。そして私はその責任を負って軍法会議にかかりまた銃殺されようと思います。」特務曹長「曹長、よく云って呉れた。貴様だけは殺さない。おれもきっと一緒に行くぞ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・「おやまた何か戴いたんですか……済みませんねえ」 そして、細君に向って愛想笑いしつつ、「だから御覧なね、外の方じゃないからいいようなもんの、まるでおねだり申したみたいじゃないか」と一太を叱った。「あなたもちとお茶でもおあ・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・お呼立て申して済みません。あの応募脚本ですが、いつ頃御覧済になりましょうか。」「そうですなあ。此頃忙しくて、まだ急には見られませんよ。」「さようですか。」なんと云おうかと、暫く考えているらしい。「いずれまた伺います。何分宜しく。」・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫