・・・というのは、現代の科学者が統計学の理論を持出してしかめつらしく論じることを、すらすらと大和言葉で云っているのである。この道理を口を酸くして説いても、どうしても耳に入らぬ人が現代のいわゆる知識階級や立派な学者の中にでもいくらでも見出されるのは・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・これから御話をする事はこの三四頁の内容に過ぎんのでありますからすらすらとやってしまうと十五分くらいですぐすんでしまう。いくらついでにする演説でもそれではあまり情ない。からこの三四頁を口から出まかせに敷衍して進行して行きます。敷衍しかたをあら・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・現に此原稿は魯庵君が使って見ろといってわざわざ贈って呉れたオノトで書いたのであるが、大変心持よくすらすら書けて愉快であった。ペリカンを追い出した余は其姉妹に当るオノトを新らしく迎え入れて、それで万年筆に対して幾分か罪亡ぼしをした積なのである・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・余は最後に美しい婦人に逢った事とその婦人が我々の知らない事やとうてい読めない字句をすらすら読んだ事などを不思議そうに話し出すと、主人は大に軽蔑した口調で「そりゃ当り前でさあ、皆んなあすこへ行く時にゃ案内記を読んで出掛けるんでさあ、そのくらい・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ 芭蕉は「発句は頭よりすらすらと言い下し来たるを上品とす」と言い、門人洒堂に教えて「発句は汝がごとく物二、三取り集むる物にあらず、こがねを打ちのべたるごとくあるべし」と言えり。洒堂の句の物二、三取り集むるというは鳩吹くや渋柿原の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・私どもはもう尋常五年生でしたからすらすら読みました。「本日は東北長官一行の出遊につきこれより中には入るべからず。東北庁」 私はがっかりしてしまいました。慶次郎も顔を赤くして何べんも読み直していました。「困ったねえ、えらい人が来る・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・その日キッコが学校から帰ってからのはしゃぎようと云ったら第一におっかさんの前で十けたばかりの掛算と割算をすらすらやって見せてよろこばせそれから弟をひっぱり出して猫の顔を写生したり荒木又右エ門の仇討のとこを描いて見せたりそしておしまいもう・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・ 作者がある意味で話し上手で、楽な印象を与えるから、壺井さんの作品をよむと成程自分もこんな風にすらすら話して行けばいいのだと思えるかもしれないけれど、強ち誰にでもああ書けるものではない。模倣されそうで案外それはむずかしい。壺井さんは十年・・・ 宮本百合子 「『暦』とその作者」
・・・に関する報告の中で、たいへんわかりよく概括していられたように、日本の民主化はけっしてすらすら行われておりません。良心的に行われていません。正直にも行われていません。政府は自身の権力を保持したいために、私ども日本人すべてが持っている新しいいろ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・声は低いが発音は好い。すらすらと読むのを私は聞いていて、意味をはっきり聞き取ることが出来た。「もう好いから、君その意味を言って聞かせ給え」と、私は云った。 F君は殆ど術語のみから組み立ててある原文の意味を、苦もなく説き明かした。・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫