・・・女はすらりとして、内々少し太り掛けていると云う風の体附きである。まるで娘のように見える。手なんぞは極小くて、どうしてあれで大金を払い出すことが出来るだろうと怪まれる。一体金と云う概念については、この女程分からずにいるものは少かろう。その位だ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それがたび重なると、笑顔の美しいことも、耳の下に小さい黒子のあることも、こみ合った電車の吊皮にすらりとのべた腕の白いことも、信濃町から同じ学校の女学生とおりおり邂逅してはすっぱに会話を交じゆることも、なにもかもよく知るようになって、どこの娘・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・雪ちゃんもこの色の蒼白いそして脊のすらりとしたところは主婦に似ていて、朝手水の水を汲むとて井戸縄にすがる細い腕を見ると何だかいたいたしくも思われ、また散歩に出掛ける途中、御使いから帰って来るのに会う時御辞儀をして自分を見て微笑する顔の淋しさ・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・丈はすらりとした方だが、そう大きくもなく、姿態がほどよく整っていた。 道太たちが長火鉢に倚ろうとすると、彼女は中の間の先きの庭に向いた部屋へ座蒲団を直して、「そこは暑いぞに。ここへおいでたら」と勧めた。「この家も久しいもんだね。・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・―― たかい鼻と、すらりとした背。大きすぎる口、うすい眉毛さえが、特徴あるニュアンスになって、三吉の頭に影像をつくっている。そして彼女たちの姿が青く田甫のむこうにみえなくなったとき、しろくかわきあがった土堤道だけが足もとにのこったが、そ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・白き腕のすらりと絹をすべりて、抑えたる冠の光りの下には、渦を巻く髪の毛の、珠の輪には抑えがたくて、頬のあたりに靡きつつ洩れかかる。肩にあつまる薄紅の衣の袖は、胸を過ぎてより豊かなる襞を描がいて、裾は強けれども剛からざる線を三筋ほど床の上まで・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・昔紫の帯上でいたずらをした女は襟の長い、背のすらりとした、ちょっと首を曲げて人を見る癖があった。 粟はまだある。水もまだある。文鳥は満足している。自分は粟も水も易えずに書斎へ引込んだ。 昼過ぎまた縁側へ出た。食後の運動かたがた、五六・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・明るさがうそでないことがすらりと共感される。日本の人民生活にそこまで息づきの楽なところもでて来たことがわかる。同時に、日本において新しい民主生活を確立するためには、どんなに複雑で国際的な性質をもつ障害があるかということも、具体的にはっきりし・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・であろうとも、まず顔に目をひかれ初めるものであるという人間の素朴本然な順序に、すらりとのりうつって、こちらに顔を向けている三人の距離を、人間の顔というよすがによって踰えている。偶然によってではなくて、はっきりした考えをもって、芸術の虚構の効・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・驚く程純血で、髪の毛は苧のような色か、または黄金色に光り、肌は雪のように白く、体は鞭のようにすらりとしている。それに海近く棲んでいる人種の常で、秘密らしく大きく開いた、妙に赫く目をしている。 己はこの国の海岸を愛する。夢を見ているように・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫