・・・従令文学などの嗜みなしとするも、茶の湯の如きは深くも浅くも楽むことが出来るのである、最も生活と近接して居って最も家族的であって、然も清閑高雅、所有方面の精神的修養に資せられるべきは言うを待たない、西洋などから頻りと新らしき家庭遊技などを・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・何にせい、聨隊の全滅であったんやさかい、僕の中隊で僕ともう一人ほか生還しやへんのや。全滅後、死体の収容も出来んで、そのまま翌年の一月十二三日、乃ち、旅順開城後までほッとかれたんや。一月の十二三日に収容せられ、生死不明者等はそこで初めて戦死と・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ステップニャツクの肖像や伝記はその時分まだ知らなかったが、精悍剛愎の気象が満身に張切ってる人物らしく推断して、二葉亭をもまた巌本からしばしば「哲学者である」と聞いていた故、哲学者風の重厚沈毅に加えて革命党風の精悍剛愎が眉宇に溢れている状貌ら・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・若い身空でありながらわざと入れようとしないのは、むろん不精からだろうが、それがかえって油断のならない感じかも知れない。精悍な面魂に欠けた前歯――これがふと曲物のようなのだ。いずれにしても一風変っている。 変っているといえば、彼は兵古帯を・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・民族共同体の運命に本能的な安危を感じない国際主義者は冷やかに静観してすまされる。共存同悲の大衆へのあわれみが肉体的な交感にまで現実化していない者は、いわゆる「助けせきこむ」気持が理解できないのである。 われわれは宗教家である日蓮が政治的・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・切詰めた予算だけしか有しておらぬことであるから、当人は人一倍困悶したが、どうも病気には勝てぬことであるから、暫く学事を抛擲して心身の保養に力めるが宜いとの勧告に従って、そこで山水清閑の地に活気の充ちた天地の気を吸うべく東京の塵埃を背後にした・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ 三十日、清閑独り書を読む。 三十一日、微雨、いよいよ読書に妙なり。 九月一日、館主と共に近き海岸に到りて鰮魚を漁する態を観る。海浜に浜小屋というもの、東京の長家めきて一列に建てられたるを初めて見たり。 二日、無事。 三・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・日焼けした精悍な顔になっていた。生活の苦労にもまれて来た顔である。それは仕方の無い事だ。誰だって、いつまでも上品な坊ちゃんではおられない。頭髪は、以前より少し濃くなったくらいであった。瀬川先生もこれで全く御安心なさるだろう、と私は思った。・・・ 太宰治 「佳日」
・・・きみもまた、まこと、われを知りたく思ったときには、わが家たずねてわれと一週間ともに起居して、眠るまも与えぬわがそよぐ舌の盛観にしたしく接し、そうして、太宰の能力、それも十分の一くらい、やっと、さぐり当てることができるのじゃないか、と此の言葉・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・とぐろを巻いて、しかも精悍な、ああ、それは蝮蛇そっくりである。私の眉にさえ、刺されるような熱さを覚えた。火事は、異様の臭気がする。鰊を焼くとき、あんな臭いがする。なまぐさい。所詮は、物質が燃え上るだけのことに違いないのだけれど、火事は、なん・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫