・・・やっと正気に戻ったイレーネは辛うじてききとれる声で「恥しいわ」と答える。そして、「このことママには云わないでね、ママのために云わないでね」「ああママは結婚したって、やっぱり私たちのママよ!」姉妹は再び泣き笑いながら、擁きあった互の頬を重ね合・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 宗達の作品もいろいろであろうが、この作品のように清明で、精気こもった動的な美しさは、心から私たちをよろこばすものの一つだと思う。人間の艷、仕事の艷というものについて、宗達は、目から精神にそそぎ込む多くのものをもっているのである。 ・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ 大変親愛なのは、宗達がそのように背景をなす自然を様式化して扱いながら、その前に集散し行動している人々の群や牛などを、いかにも生気にみちた写生をもとにしているところである。 眺めていると、きよらかな海際の社頭の松風のあいだに、どこや・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ この昭和十三年の禁止の時は、当時まだ幾分の抵抗力と生気とを保っていたジャーナリズム、主として新聞が日本の文化全般の問題として、この暴圧をとりあげた。しかし、禁止のリストにのせられた作家・評論家たちの間に、統一された抗争は組み立てられな・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・文学は、文字でかかれつつ文字の上にだけその生気をとらえているのでなくて、むしろ、文字から文字へのうつりの底に、流れ動き脈うつ芸術性を湛えている。音楽の日本的な要素のことがいろいろ問題になっているが、私たちにとって関心をひかれる点は、やはり、・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・カールの快活で独特な精気にみちた人がらは、イエニーの父ヴェストファーレンに深く愛されたとともに、四つ年上のイエニーの心に年と共に幼な友達とはちがった感情を芽ぐませた。カールが十八歳、そしてイエニーが二十二歳の年、二人は婚約した。 カール・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・今日と、明日の社会は、若い時代への健康な同情、人間より意志を理解しようとする良心の極少量さえも熱烈に要求しているのですから、私たちは野上さんが、若い時代の近側にあることで常に自身の芸術を生気あらしめると同時に、若い時代をその芸術によって鼓舞・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・ 現実のその苦しさから、意識を飛躍させようとして、たとえばある作家の作品に描かれているように、バリ島で行われている原始的な性の祭典の思い出や南方の夜のなかに浮きあがっている性器崇拝の彫刻におおわれた寺院の建物の追想にのがれても、結局・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・では、キュリー夫人の偉さ、美しさ、私たちの記憶にとどまって困難なときの私たちにとって励ましの魅力となる生気は、彼女の生きかたのどういうところから湧き出ているのでしょうか。 伝記を読んだ方々には御承知の通りに、マリヤは、ポーランドの首府ワ・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・そのあまりの無法さは、直接その刃の下におかれた人々の正気を狂わせたし、その光景全般の恐ろしさから、すべての知識人、勤労者、農民の精神と判断と発言とを萎縮させた。徳川時代のとおり、ご無理ごもっともと、ばつを合わせつつ、今日私たちの面している物・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
出典:青空文庫