・・・桃色珊瑚ででも彫刻したようで、しかもそれよりももっと潤沢と生気のある多肉性の花弁、その中に王冠の形をした環状の台座のようなものがあり、周囲には純白で波形に屈曲した雄蕊が乱立している。およそ最も高貴な蘭科植物の花などよりも更に遥かに高貴な相貌・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・これに反してわざと輪郭をくずして描くと生気が出て来て運動や遠近を暗示する。これはたしかに科学的にも割合簡単に説明のできる心理的現象であると思った。同時に普通の意味でのデッサンの誤謬や、不器用不細工というようなものが絵画に必要な要素だという議・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・そして生気に乏しいいわゆる「庭木」と称する種類のものより、むしろ自然な山野の雑木林を選みたい。 しかしそのような過剰の許されない境遇としては、樹木のほうは割愛しても、芝生だけは作らないではいられなかった。そうして木立ちの代わりに安価な八・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ こういういろいろの不思議な現象は、新聞社間の命がけの生存競争の結果として必然に生起するものであって、ジャーナリズムが営利機関の手にある間はどうにもいたし方のないことであろうと思われる。 ジャーナリズムのあらゆる長所と便益とを保存し・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・幸いにまもなく正気づきはしたが、とにかくこれがちょうど元旦であったために特に大きな不祥事になってしまったのである。 正月元旦は年に一度だから幸いである。もしこれが一年に三度も四度もあったらたいへんであろうと思われるが、しかしいっそのこと・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ギリシア哲学盛期の言語に比べて二十世紀の思想界の言語はこういう意味では、ほんの少ししか進歩していないかもしれない。しかし現在よりもっと進歩し得ないという理由は考えられない。人間の思考の運びを数学の計算の運びのように間違いなくしうるようにでき・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・時には甚だしく単純な明るい原色が支那人のやるような生々しいあるいは烈しい対照をして錯雑していながら、それが愉快に無理なく調和されて生気に充ちた長音階の音楽を奏している。ある時は複雑な沈鬱な混色ばかりが次から次へと排列されて一種の半音階的の旋・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・などと話し合っているのを聞いた事もあったが、そう言われればなるほど私にも多少そう思われない事もなかったが、その目つきがはたして正常な正気の象の目つきとどれだけ違うかを確かめる事は私にはできなかった。 果てもない広い森林と原野の間に自在に・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・からだは相当肥っていたが、蒼白な顔色にちっとも生気がなくて、灰色のひとみの底になんとも言えない暗い影があるような気がした。 あるひどい雨の日の昼ごろにたずねて来たときは薄絹にゴムを塗った蝉の羽根のような雨外套を着ていたが、蒸し暑いと見え・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・花にもなんだか生気が少なく、葉も少し縮れ上がって、端のほうはもう鳶色に朽ちかかっていた。自分はこの花について妙な連想がある。それはベルリンにいたころの事である。アカチーン街の語学の先生の誕生日に、何か花でも贈り物にしたいと思って、アポステル・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
出典:青空文庫