・・・そこはまア、自然かも知れんね――日蔭の冷たい、死というものに掴まれそうになってる人間が、日向の明るい、生気溌溂たる陽気な所を求めて、得られんで煩悶している。すると、議論じゃ一向始末におえない奴が、浅墓じゃあるが、具体的に一寸眼前に現て来てい・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 私は二十世紀の文明は皆な無意義になるんじゃないかと思う。何と云っても今はまだレフレクションの影響を免がれていない。十九世紀で暴威を逞くした思索の奴隷になっていたんで、それを弥々脱却する機会に近づいているらしく見える。新理想とか何とか云・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・かつ所作の活溌にして生気あるはこの遊技の特色なり、観者をして覚えず喝采せしむる事多し。但しこの遊びは遊技者に取りても傍観者に取りても多少の危険を免れず。傍観者は攫者の左右または後方にあるを好しとす。 ベースボールいまだかつて訳語あら・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・されどもややあって正気に復し下の模様を見てあれば、いかにもその子は勢も増し、ただいたけなく悦んでいる如くなれども、親はかの実も自らは口にせなんじゃ、いよいよ餓えて倒れるようす、疾翔大力これを見て、はやこの上はこの身を以て親の餌食とならんもの・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・式場は俄に大騒ぎになりシカゴの畜産技師も祭壇の上で困って立っていました。正気を失った人たちはみんなの手で私たちのそばを通って外に担ぎ出され職業の医者な人たちは十二三人も立って出て行きました。しばらくたって式場はしいんとなりました。婦人たちは・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
一 第二次ヨーロッパ大戦は、私たち現世紀の人間にさまざまの深刻な教訓をあたえた。そのもっとも根本的な点は国際間の複雑な利害矛盾の調整は、封建的で、また資本主義的な強圧であるナチズムやファシズムでは・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ 現代の世紀には、世界じゅうの女性が、それをきらっている一つの言葉があります。それは「歴史はくりかえす」という言葉です。現代の世界じゅうの女性にとって、「歴史はくりかえす」という一つの言葉は、次のようないくつかの質問となります。・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・その要素を無視して、性器だけの交渉に中心をおくならば、すべての性的な行為は売娼の本質と等しくなってしまいます。なぜなら、そこに、人間的な選択、完全な結合、愛、同感、互の運命への責任等がぬかれているのだから。 人間を動物的に低める性的誇張・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 未来の絵姿はそのように透明生気充満したものであるとしても、現在私たちの日常は実に女らしさの魑魅魍魎にとりまかれていると思う。女にとって一番の困難は、いつとはなし女自身が、その女らしさという観念を何か自分の本態、あるいは本心に附随したも・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・その頃の特高警察の仕事のやりかたというものは、常識をはずれ、知識をはずれ、正気の人間に出来ることではなかった。「今朝の雪」は婦人雑誌のためにかいた作品で、柔軟なものであるけれども、文学報国会は理由を告げず年鑑作品集に入れることを拒んだ。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
出典:青空文庫