・・・心ある人々は、死んで、抗議の云えない人の墓を、生前好かれていなかったと知っている者が、今こそと自分の生得の力をふるってこしらえた心根をいやしんだ。そして、漱石を気の毒に思った。その墓は、まるで、どうだ、何か云えるなら云ってみろ、と立っている・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・婦人従業員をふくめた自衛団が組織され、全員十六歳から二十五歳という青年だがその統制が整然としていること。職場の特殊性をすべて争議団側に有利なように科学的に利用している点とともに、革命的指導による極めて新しいストライキの型を示すものであった。・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ これまでの手紙で忘れていたこと=去年の九月から、母が生前書いたものを、主として日記ですが、すっかり栄さんに読めるように書き写して貰い、一周忌までに本にして記念にする手順で居ります。実によく書いて居る。父と結婚――私もまだ生れなかった頃・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・マークは生前、この群像の女が、手に子供を抱きながら、その目ではどこか遠くを見ている、それを指して、君そっくりじゃないか、と非難めいた苦しい顔をしたのであった。 群像を仕上げたスーは、ついに息子のジョン、娘のマーシャ、忠実な召使いのジェー・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・愉快そうで、整然としていて、胸も躍る光景だ。「五ヵ年計画ヲ四ヵ年デ!」「ブルジョア反ソヴェト陰謀ヲブッ潰セ!」 次から次へ赤いプラカードが来る。あいまには、張物だ。ブルジョア、地主、坊主が、社会主義社会建設のために働くプロレタリ・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
・・・だから十二三位の子供と話して見ると、彼等の有っている知識が実に整然としていて、範囲が非常に広く、国際的であるのにびっくりする。無駄がない。 それからまた一方に、ソヴェトの教育は、労作と結び付いている教育である。だから例えば我々が学校・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ 勿論、人間の生活が徒に秩序正しいので完全なものだとも云えなければ、整然としたのばかりがよいのではありません。然し、我々の生活では、頭や心が何等かの意味に於て混乱している時、願っても順序よい生産的な日常を持つことは出来ないのではあります・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・メリメの作品の力と欠点とは整然とした描写の統制の中にある。 バルザックの文章は、書かれている事件が複雑な歴史に踏みへらされたパリの石敷道にブルジョアの馬車が立ててゆく埃を浴びているばかりでなく、文章そのものが、まるで、一見無駄なものや、・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・と大旗を立て整然とした男女の大部隊がつづいてくる。とりわけ元気に、赤旗を先頭に立ててきた一団の中にあの顔、見なれた若い女の人たちがいて、互に行列の中と歩道から思わず声をかけて手をとり合い、わたしは、もうほんの少しで行進の中にさらいこまれそう・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・ 単純であった為、整然としていた自己というものは、極度に分裂してしまいました。分裂した一部分が、それぞれの活力と発言権とをもって対立する。 この時、私が、実際生活上に起る諸事の軽重を弁え、兎に角自己の立てるべき処を失わずに日々を処理・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫