・・・医大の制帽の下の眉の濃い顔の上にも。無帽で、マントをきた瘠せた青年の顔の上にも。しかも、その顔々は、図書館の広間に集り、街頭には無い何かのゆたかさを、それぞれの精神に摂取しようとして、待っているのである。混む省線の中で、どっと乗りこんで来た・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・鞄を小脇に抱えた連中が盛に出入りする、青い技師の制帽をかぶったのも来る。主任は日本の女がモスクワから遠い炭坑を見学に来たのを珍しがって忙しいにもかかわらず、「あなたはどうしてドン・バスを見学する気になったんですか?」と私に向って訊い・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・これは社会的・学者的声望に欠くるところない佐佐木博士にしてはじめて可能なことであると。 先ず文献に関するこういう伝統的、社会的制約がある上に、これまでの国文学をやる人は、多く国文学の内にとじこもり、而も、非常に趣向的に閉じこもっておった・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・ トーマス・クック会社名前入りの制帽をかぶった肥っちょの案内人が坐席から立ち上って「ここがオックスフォード通。只今通りすぎつつあるのはロンドンの最もしゃれたレストランの一つ、フラスカテイであります。フラスカテイー!」叫んでいる時にロンド・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫