・・・しかし赤裸々の彼自身は懺悔録の中にも発見出来ない。メリメは告白を嫌った人である。しかし「コロンバ」は隠約の間に彼自身を語ってはいないであろうか? 所詮告白文学とその他の文学との境界線は見かけほどはっきりはしていないのである。 人・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕はラスコルニコフを思い出し、何ごとも懺悔したい欲望を感じた。が、それは僕自身の外にも、――いや、僕の家族の外にも悲劇を生じるのに違いなかった。のみならずこの欲望さえ真実かどうかは疑わしかった。若し僕の神経さえ常人のように丈夫になれば、――・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・(昂然清水寺に来れる女の懺悔 ――その紺の水干を着た男は、わたしを手ごめにしてしまうと、縛られた夫を眺めながら、嘲るように笑いました。夫はどんなに無念だったでしょう。が、いくら身悶えをしても、体中にかかった縄目は、一層ひしひ・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・眼ある者は見よ。懺悔したフランシスは諸君の前に立つ。諸君はフランシスの裸形を憐まるるか。しからば諸君が眼を注いで見ねばならぬものが彼所にある。眼あるものは更に眼をあげて見よ」 クララはいつの間にか男の裸体と相対している事も忘れて、フラン・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 犬のしきりに吠ゆる時――「で、さてこれを何にいたすとお思いなさいます。懺悔だ、お目に掛けるものがある。」「大変だ、大変だ。何だって和尚さん、奴もそれまでになったんだ。気の毒だと思ってその女がくれたんだろうね、緋の長襦袢をどうだ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・唯今の姿を罰だと思って罪滅しに懺悔ばなしもいいまする。私もこう申してはお恥かしゅうございますが、昔からこうばかりでもございません、それもこれも皆なり行だと断念めましても、断念められませんのはお米の身の上。 二三日顔を見せませんから案じら・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「私は懺悔をする、皆嘘だ。――画工は画工で、上野の美術展覧会に出しは出したが、まったくの処は落第したんだ。自棄まぎれに飛出したんで、両親には勘当はされても、位牌に面目のあるような男じゃない。――その大革鞄も借ものです。樊はんかいの盾だと・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・たとえばルソーの『懺悔録』あたりから、近代精神の何ものであるかを知って、更にわれ/\の時代に近いものを知るもいゝであろう。 如何に読むかという問いに対しては、余は広く浅く読むよりも、狭く深く読む方をすゝめたい。勿論広く読むことも必要であ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・ 標語の好きな政府は、二三日すると「一億総懺悔」という標語を、発表した。たしかに国民の誰もが、懺悔すべきにはちがいない。しかし、国民に懺悔を強いる前に、まず軍部、重臣、官僚、財閥、教育者が懺悔すべきであろうと思った。「一億総懺悔」という・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・ ここまでお話ししたのでございますから、これから私の女難の二つ三つを懺悔いたしましょう。売卜者はうまく私の行く末を卜い当てたのでございます。 そのころ、私の家から三丁ばかり離れて飯塚という家がございましたがそこの娘におさよと申しまし・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫