・・・今はむしろ疑惑不定のありのままを懺悔するに適している。そこまでが真実であって、その先は造り物になる恐れがある。而してこの私を標準にして世間を見渡すと、世間の人生観を論ずる人々も、皆私と似たり寄ったりの辺にいるのではないかと猜せられる。もしそ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・一分のスキもない手紙など『手紙が仲々出来ない』といったりしたことを千家君は誤解したらしい。手紙をかくと誓った日までは努力した。その日から君にものを言うに努力はない。一晩中よんでいられるような長い手紙をかこうと思ったのだ。ぼくは、いたちでない・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ ルソオの懺悔録のいやらしさは、その懺悔録の相手の、神ではなくて、隣人である、というところに在る。世間が相手である。オーガスチンのそれと思い合わせるならば、ルソオの汚さは、一層明瞭である。けれども、人間の行い得る最高至純の懺悔の形式・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・私は、ルソオの『懺悔録』を読んで居ります。先日、プラネタリウムを見て来ました。朝になる時と、日が暮れる時に、美しいワルツが聴えて来ました。おじさん、元気でいて下さい。」 だらだらと書いてみたが、あまり面白くなかったかも知れない。でも、い・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・以下、私は、祈りの気持で、懺悔の心で、すべてをいつわらずに述べてみよう。 私が雪を殺したのは、すべて虚栄の心からである。その夜、私たちは、結婚のちぎりをした。私の知られざる傑作「初恋の記」のハッピイ・エンドにくらべて、まさるとも劣らぬ幸・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・回廊の引っ込んだ所には、僧侶が懺悔をきく所がいくつもある。一昨年始めてイタリアのお寺でこの懺悔をしているところを見ていやな感じがしてから、この仕掛けを見るごとに僧侶を憎み信徒をかわいく思います。奥の廊下の扉のわきに「宝蔵見物のかたはここで番・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・壁に沿うて交番小屋のようなものがいくつかあった、その中に隠れた僧侶が、格子越しに訴える信者の懺悔を聞いていた。それはおもに若い女であった。ここでも罪を犯したもののほうが善人で、高徳な僧侶のほうが悪人であった。なんとなくこういう僧侶に対する反・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・そうだとすればこの一編は一つの懺悔録のようなものであるかもしれない。これは読者の判断に任せるほかにない。 伝聞するところによると現代物理学の第一人者であるデンマークのニエルス・ボーアは現代物理学の根本に横たわるある矛盾を論じ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・人間が懺悔して赤裸々として立つ時、社会が旧習をかなぐり落して天地間に素裸で立つ時、その雄大光明な心地は実に何ともいえぬのである。明治初年の日本は実にこの初々しい解脱の時代で、着ぶくれていた着物を一枚剥ねぬぎ、二枚剥ねぬぎ、しだいに裸になって・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・唯晩年には Sagesse の如き懺悔の詩を書いた人にも或時はかかる事実があったものかと不思議に感じた事を語るに過ぎぬのである。 私は毎年の暑中休暇を東京に送り馴れたその頃の事を回想して今に愉快でならぬのは七月八月の両月を大川端の水練場・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫