・・・ 私たち女は一年間に自分の希望と選択とによってここまで変転して来たのだろうか。この答えは複雑である。しかし社会事情の急調な動きは一つの必然として、自覚するとしないとにかかわらず、今日の婦人全体を新しい生活事情に導き入れており、そこではよ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・そこで木村の書くものにも情調がない、木村の選択に与っている雑誌の作品にも情調がないと云うのは、木村に文芸が分からないと云うのである。文芸の分からないものに、なんで脚本を選ばせるのだろう。情調のない脚本が当選したら、どうするだろう。そんな事を・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 橋の袂に、河原へ洗濯に降りるものの通う道がある。そこから一群れは河原に降りた。なるほど大層な材木が石垣に立てかけてある。一群れは石垣に沿うて材木の下へくぐってはいった。男の子は面白がって、先に立って勇んではいった。 奥深くもぐって・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・倅仲平が学問修行も一通り出来て、来年は三十になろうという年になったので、ぜひよめを取ってやりたいとは思うが、その選択のむずかしいことには十分気がついている。 背こそ仲平ほど低くないが、自分も痘痕があり、片目であった翁は、異性に対する苦い・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・お霜は洗濯竿の脱れた音を聞きつけて立ち上った。「お霜さん。煙草一ぷく吸わしてくれんかな。」「安次、行くぞ。」勘次は云った。「お前ひとりで行って来てくれんかよ。」「お前、行かにゃ何んにもならんが。」「もうお前、ひ怠るてひ怠・・・ 横光利一 「南北」
・・・一山もある、濡れた洗濯物を車に積んで干場へ運んで行く事もある。何羽いるか知れない程の鶏の世話をしている事もある。古びた自転車に乗って、郵便局から郵便物を受け取って帰る事もある。 エルリングの体は筋肉が善く発達している。その幅の広い両肩の・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・書物の選択から推して見ると、この男は宗教哲学のようなものを研究しているらしい。 大きな望遠鏡が、高い台に据えて、海の方へ向けてある。後に聞けば、その凸面鏡は、エルリングが自分で磨ったのである。書棚の上には、地球儀が一つ置いてある。卓の上・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そこに現われたのは写実によって美を生かそうとする意図ではなく、美しい色と線との諧和のために、自然の内からある色と線とを抽出しようとする注意深い選択の努力である。現実の風景を描いた画すらも、画家の直接の印象が現われているという気はしない。画家・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・主として画題選択の斬新であるが、時には珍しい形象の取り合わせ、あるいは人の意表にいづるごとき新しい図取りを試みる。しかしこれらの画家を動かしているものは、岡倉覚三氏の時代の自然観、芸術観であって、その手腕の自由巧妙なるにかかわらず、我らの心・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ 第二に我々の気づいたことは、人形の動作がいかに鋭い選択によって成っているかということであった。この選択は必ずしも今の名人がやったのではない。最初、人形芝居が一つの芸術様式として成立したのは、この選択が成功したということにほかならぬので・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫