・・・しかし、前書はもうこれくらいで充分であろう。 ある罹災者の話である。名前はかりに他三郎として置こう。そして私の好みに従って、他アやんと呼ぶことにする。 他アやんは大阪の南で喫茶店をひらいている。この南というのは、大阪の人がよく「南へ・・・ 織田作之助 「起ち上る大阪」
・・・その前日、新宿の百貨店へ行って結納のおきまりの品々一式を買い求め、帰りに本屋へ立寄って礼法全書を覗いて、結納の礼式、口上などを調べて、さて、当日は袴をはき、紋附羽織と白足袋は風呂敷に包んで持って家を出た。小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換・・・ 太宰治 「佳日」
・・・というのがあって、それには「法の心を」という前書が附いていた。実に、どうにも名句である。私は一語の感想も、さしはさむ事が出来なかった。立派な句には、ただ、恐れ入るばかりである。凡兆も流石に不機嫌になった。冷酷な表情になって、 能登・・・ 太宰治 「天狗」
・・・テモテ前書の第二章。このラプンツェル物語の結びの言葉として、おあつらいむきであると長兄は、ひそかに首肯き、大いにもったい振って書き写した。 ――この故に、われは望む。男は怒らず争わず、いずれの処にても潔き手をあげて祈らん事を。また女は、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・記憶がよくて旧約全書の聖歌を暗誦したりした。環境には何ら科学的の刺戟はなかったが、塩水に卵の浮く話を聞いて喜んで実験したり、機関車二台つけた汽車を見てその効能を考えたりした。伯母に貰った本で火薬の製法を知り、薬屋でその材料を求めて製造にかか・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・だから旧約全書の神様や希臘の神様はみんな声とか形とかあるいはその他の感覚的な力を有しています。それだから吾人文芸家の理想は感覚的なる或物を通じて一種の情をあらわすと云うても宜しかろうと存じます。そこで問題は二つになります。一は感覚的なものと・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ ニイチェのショーペンハウエルに対する関係は、新約全書の旧約全書に対するやうなものである。だれも知る通り、旧約の神エホバは怒と復讐の神であり、新約の神は愛と平和の神である。この二つの神は正反対の矛盾として対蹠して居る。しかも新約は旧・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
短い前書 ソヴェト同盟の生産面における五ヵ年計画というものは、今度はじめて試みられたものではなかった。誰でも知る通り、ソヴェト同盟の全生産は国家計画部と最高経済会議とが中心となって生産組合、職業組合と・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・もちっと目先をきかして、善処したらいいじゃないか。心証がわるくなるばっかりで、君の損だよ」 目さきをきかすにも、事実ないことでは仕方ない。 自分を椅子にかけさせて置き、「一寸すみませんが田無を呼び出して下さい」と、特高に目の・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・そして、これらのことはジイドがその前書の中で予見していたよりも深甚な反動としての影響を今日の人類の運命と文化の発達の上に明にマイナスなものとして、与えないとは決して云えない。ジイドとして、その結果については思うように思わしめよ、と云うには、・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
出典:青空文庫