・・・夫が不実をしたのなんのと云う気の毒な一条は全然虚構であるかも知れない。そうでないにしても、夫がそんな事をしているのは、疾うから知っていて、別になんとも思わなかったかも知れない。そのうち突然自分が今に四十になると云うことに気が附いて、あんな常・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ビジテリアンの主張は全然誤謬である。今この陰気な非学術的思想を動物心理学的に批判して見よう。 ビジテリアンたちは動物が可哀そうだから食べないという。動物が可哀そうだということがどうしてわかるか。ただこっちが可哀そうだと思うだけである・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・おふみと芳太郎とは、漠然と瞬間、全く偶然にチラリと目を合わすきりで、それは製作者の表現のプランの上に全然とりあげられていなかったのである。後味の深さ、浅さは、かなりこういうところで決った。溝口氏も、最後を見終った観客が、ただアハハハとおふみ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・「わたしは先日、拘留開示の前におあいしたとき、ぜんぜんこの事件には関係ないといいましたが、それはウソで、じつは私が電車を走らせたのです」それに対して、今野弁護人が質問した。「それでは先日、なぜウソをいったのですか。」答「私は飯田さんたち・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・しかし一度心に起こった事はいかに恥じようとも全然消え去るという事がありません。時には私は自分の心が穢ないものでいっぱいになっている事を感じます。私たちはこの穢ないものを恥じるゆえに、抑圧し征服し得るゆえに、安んじていていいものでしょうか。私・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫