・・・しまったと後悔したのは、出口の障子をつい烈しくしめたことだ。 きょうは早く行って、あの男またはその他の人に呼ばれないうちに、吉弥めをあげ、一つ精一杯なじってやろうと決心して、井筒屋へ行った。湯から帰ってすぐのことであった。「叔母さん・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・丁度その時夏目さんは障子を張り代えておられたが、私が這入って行くと、こう言われた。「どうも私は障子を半分張りかけて置くのは嫌いだから、失礼ですが、張ってしまうまで話しながら待っていて下さい。」 そんな風で二人は全く打ち解けて話し込ん・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・ 殊に失明後の労作に到っては尋常芸術的精苦以外にいかなる障碍にも打ち勝ってますます精進した作者の芸術的意気の壮んなる、真に尊敬するに余りがある。馬琴が右眼に故障を生じたのは天保四年六十七歳の八、九月頃からであったが、その時はもとより疼痛・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・煙草が好きで、いつでも煙管の羅宇の破れたのに紙を巻いてジウジウ吸っていたが、いよいよ烟脂が溜って吸口まで滲み出して来ると、締めてるメレンスの帯を引裂いて掃除するのが癖で、段々引裂かれて半分近くまでも斜に削掛のように総が下ってる帯を平気で締め・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 男は、夜おそくまで、障子を開け放して、ランプの下で仕事をすることもありました。夏になると、いつも障子が開けてありましたから、外を歩く人は、この室の一部を見上げることもできました。 ちょうど隣の家の二階には、中学校へ、教えに出る博物・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・と、小使らしい半纒着の男が二人、如露と箒とで片端から掃除を始める。私の傍の青い顔の男もいつの間にかいなくなった。ガランとした広い会所の窓ガラスには、赤い夕日がキラキラ輝いたが、その光の届かぬ所はもう薄暗い。 私はまた当もなくそこを出た。・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ まず廊下に面した障子をあけた。それから廊下に出て、雨戸をあけようとした。暫らくがたがたやってみたが、重かった。雨戸は何枚か続いていて、端の方から順おくりに繰っていかねば駄目だと、判った。そのためには隣りの部屋の前に立つ必要がある。私は・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・そして、戸を明け、掃除をするのですが、この掃除がむずかしい。縄屑やゴミは燃料になるので、土がまじらぬように、そっと掃かないと叱られる。旦那は藁一筋のことにでも目の変るような人だった。掃除が終っても、すぐごはんにならず、使いに走らされる。朝ご・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・を筆写したり暗記したりする勉強の仕方は、何だかみそぎを想わせるような古い方法で、このような禁慾的精進はその人の持っている文学的可能性の限界をますます狭めるようなもので、清濁あわせのむ壮大な人間像の創造はそんな修業から出て来ないのではないかと・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
一 掃除をしたり、お菜を煮たり、糠味噌を出したりして、子供等に晩飯を済まさせ、彼はようやく西日の引いた縁側近くへお膳を据えて、淋しい気持で晩酌の盃を嘗めていた。すると御免とも云わずに表の格子戸をそうっと開け・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫