・・・また径の縁には赤土の露出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石そっくりの恰好になっているところがあった。その削り立った峰の頂にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日がまったく射して来ないのではなかった。梢の隙間を・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・ぬ事にござ候 先日貞夫少々風邪の気ありし時、母上目を丸くし『小児が六歳までの間に死にます数は実におびただしいものでワッペウ氏の表には平均百人の中十五人三分と記してござります』と講義録の口調そっくりで申され候間、小生も思わずふきだ・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・而もその札は、鮮銀の紙幣そっくりそのまゝのものだった。出兵が始まると同時に、アメリカは、汽船に二杯、偽札を浦潮へ積みこんできた。それを見たという者があった。「何で化の皮を引きむいてやらんのだ!」 兵士達は、偽札を撒きちらされても、強・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・京伝だの三馬だの一九だのという人々は即ち並行線的作者で、その思想も感情も趣味も当時の衆俗と殆ど同じなのであり、したがってその著作は実社会をそっくり写したような訳合になるのです。馬琴に至りますと、杉や檜が天をむいて立つように、地平線とは直角を・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・逃亡者はまるで芝居の型そっくりにフラフラッとした。頭がガックリ前にさがった。そして唾をはいた。血が口から流れてきた。彼は二、三度血の唾をはいた。「ばか、見ろいッ!」 親分の胸がハダけて、胸毛がでた。それから棒頭に「やるんだぜ!」・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・お新は面長な顔かたちから背の高いところまで父親似で、長い眉のあたりなぞも父親にそっくりであった。おげんが自分の娘と対いあって座っている時は、亡くなった旦那と対いあっている思いをさせた。しきりに旦那のことを恋しく思わせるのも、娘と二人で居る時・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・王女は年も美しさも、そっくりもとのままでした。 王さまはすぐに王女と御婚礼をしようとなさいました。ところが王女は、自分のお城を王さまの御殿のそばへ持って来てもらわなければいやだと言い張りました。王さまはウイリイをお呼びになって、「お・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・顔が、不思議なくらい美しく、そのころ姉たちが読んでいた少女雑誌に、フキヤ・コウジとかいう人の画いた、眼の大きい、からだの細い少女の口絵が毎月出ていましたけれど、兄の顔は、あの少女の顔にそっくりで、私は時々ぼんやり、その兄の顔を眺めていて、ね・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ このように、すべてのものが去年とそっくりそのままのようであるが、しばらく見ているとまた少しずついろいろの相違が目について来るのであった。たとえば池のみぎわから水面におおいかぶさるように茂った見知らぬ木のあることは知っていたが、それに去・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・もっとも林君もたっしゃでいてくれればもうお父さんになってる筈だから、ひょっとすればその林君の子供が、この読者にまじっていて、昔の茂少年とそっくりに頬っぺたブラさげてこの話を読んでいるかも知れない。もしかそうだったらどんなに嬉しいだろう。・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫