・・・猶内側へ這入ると延板の平らな地になる。そこは今も猶鏡の如く輝やいて面にあたるものは必ず写す。ウィリアムの顔も写る。ウィリアムの甲の挿毛のふわふわと風に靡く様も写る。日に向けたら日に燃えて日の影をも写そう。鳥を追えば、こだまさえ交えずに十里を・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・猫は庭の松の木に上りて枝の上に蹲りたるままいと平らなる顔にてこなたを見おこせたり。かくする間この猫一たびも鳴かざりき。〔自筆稿『ホトトギス』第三巻第一号 明治32・10・10〕 正岡子規 「飯待つ間」
・・・ 白い火山灰層のひとところが、平らに水で剥がされて、浅い幅の広い谷のようになっていましたが、その底に二つずつ蹄の痕のある大さ五寸ばかりの足あとが、幾つか続いたりぐるっとまわったり、大きいのや小さいのや、実にめちゃくちゃについているではあ・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 次の年の夏になりました。平らな処はもうみんな畑です。うちには木小屋がついたり、大きな納屋が出来たりしました。 それから馬も三疋になりました。その秋のとりいれのみんなの悦びは、とても大へんなものでした。 今年こそは、どんな大きな・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・阿耨達池やすべて葱嶺から南東の山の上の湖は多くは鏡のように青く平らだ。なぜそう平らだかとならば水はみんな下に下ろうとしてお互い下れるとこまで落ち着くからだ。波ができたら必ずそれがなおろうとする。それは波のあがったとこが下ろうとするからだ。こ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・ところどころには湧水もあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄をぬいで傘と一緒にもって歩いて行きました。 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁ってごうごう・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・水は夜でも昼でも、平らな所 童子の脳は急にすっかり静まって、そして今度は早く母さまの処にお帰りなりとうなりまする。と申されながら須利耶さまの袂を引っ張りなさいます。お二人は家に入り、母さまが迎えなされて戸の環を嵌めておられますうちに・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・それからすぐ眼の前は平らな草地になっていて、大きな天幕がかけてある。天幕は丸太で組んである。まだ少しあかるいのに、青いアセチレンや、油煙を長く引くカンテラがたくさんともって、その二階には奇麗な絵看板がたくさんかけてあったのだ。その看板のうし・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・五、天気輪の柱 牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の大熊星の下に、ぼんやりふだんよりも低く連って見えました。 ジョバンニは、もう露の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。まっく・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ふちの上の滝へ平らになって水がするする急いで行く。それさえずうっと下なのだ。この崖は急でとても下りられない。下に降りよう。松林だ。みちらしく踏まれたところもある。下りて行こう。藪だ。日陰だ。山吹の青いえだや何かもじゃもじゃしている。さき・・・ 宮沢賢治 「台川」
出典:青空文庫