・・・といい「頼むは弥陀の御ン誓ひ、南無阿弥陀仏々々々々々々。」というあたりの節廻しや三味線の手に至っては、江戸音曲中の仏教的思想の音楽的表現が、その芸術的価値においてまさに楽劇『パルシフヮル』中の例えば「聖金曜日」のモチイブなぞにも比較し得べき・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・しているのか分らない、おおかた流汗淋漓大童となって自転車と奮闘しつつある健気な様子に見とれているのだろう、天涯この好知己を得る以上は向脛の二三カ所を擦りむいたって惜しくはないという気になる、「もう一遍頼むよ、もっと強く押してくれたまえ、なに・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・吉里さん、本統に頼むよ」 吉里はまた泣き出した。その声は室外へ漏れるほどだ。西宮も慰めかねていた。「へい、お誂え」と、仲どんが次の間へ何か置いて行ッたようである。 また障子を開けた者がある。次の間から上の間を覗いて、「おや、座敷・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・一段下りて、本式の学問執行は手に及ばぬことなれども、月に一、二十銭の月謝を出すか、または無月謝なれば、子供の教育を頼むという者、また幾十万の数あるべし。 それより以下幾百万の貧民は、たとい無月謝にても、あるいはまた学校より少々ずつの筆紙・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・意見を左に記す一 玄太郎せつの両人は即時学校をやめ奉公に出ずべし一 母上は後藤家の厄介にならせらるるを順当とす一 玄太郎、せつの所得金は母上の保管を乞うべし一 富継健三の養育は柳子殿ニ頼む一 柳子殿は両人を連れて実家へ帰・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・と、作者に頼むのが例になっている。 ―――――――――――――――――――― 愛する友よ、あなたがもう返事をするには及ばないから、構ってくれるなと御申置なさいました事は、たしかに承知いたしています。御察し申します・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・いかがはせんと並松の下に立ちよれども頼む木蔭も雨の漏りけり。ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろを纏い肩にはケットの捲き円めたるを担ぎしが手拭もて顔をつつみたり。うれしやかかる雨具もあるものをとわれも見まねに頬冠りをなんしけ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・くれぐれ頼むぞ、これからいたずら止めで呉ろよ。」 山男は、大へん恐縮したように、頭をかいて立って居りました。みんなはてんでに、自分の農具を取って、森を出て行こうとしました。 すると森の中で、さっきの山男が、「おらさも粟餅持って来・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・と云い切れるかどうかが疑問であったし、お君も亦、頼む夫が、ふらりふらりして居るので、余計、取越苦労や廻し気ばかりをして居た。 烈しい風がグーン、グーンと吼えて通る。黄色い砂が津浪の様に押寄せて来ては栄・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・今乞食坊主に頼む気になったのは、なんとなくえらそうに見える坊主の態度に信を起したのと、水一ぱいでする咒なら間違ったところで危険なこともあるまいと思ったのとのためである。ちょうど東京で高等官連中が紅療治や気合術に依頼するのと同じことである。・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫