・・・ 自分が既に雑誌へ出したものを再び単行本の体裁として公にする以上は、之を公にする丈の価値があると云う意味に解釈されるかも知れぬ。「吾輩は猫である」が果してそれ丈の価値があるかないかは著者の分として言うべき限りでないと思う。ただ自分の書い・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
・・・普通のくだものの皮は赤なら赤黄なら黄と一色であるが、林檎に至っては一個の菓物の内に濃紅や淡紅や樺や黄や緑や種々な色があって、色彩の美を極めて居る。その皮をむいで見ると、肉の色はまた違うて来る。柑類は皮の色も肉の色も殆ど同一であるが、柿は肉の・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・(今頃探鉱嘉吉は豆の餅を口に入れた。音がこちこちまた起った。(この餅拵えるのは仙台領嘉吉はもうそっちを考えるのをやめて話しかけた。おみちはけれども気の無さそうに返事してまだおもての音を気にしていた。(今日はちょっとお訪門口で若い水々・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・見よ、釈迦は最後に鍛工チェンダというものの捧げたる食物を受けた。その食物は豚肉を主としている、釈迦はこの豚肉の為に予め害したる胃腸を全く救うべからざるものにしたらしい。その為にとうとう八十一歳にしてクシナガラという処に寂滅したのである。仏教・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・そして、その疑問は、その単行本の後書きを読むと一層かき立てられる。「愛と死、之は誰もが一度は通らねばならない。人間が愛するものを持つことが出来ず、又愛するものが死んでも平気でいられるように出来ていたら、人生はうるおいのないものになるだろう。・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・ 若いキネマ製作者たちはカメラをもって、農村へ、炭坑へ、森林の奥へ進出した。 作家、記者は、彼等の手帖が濡れると紫インクで書いたような字になる化学鉛筆とをもって、やっぱり集団農場を中心として新生活のはじめられつつある農村へ、漁場へ、・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ この選集第十一巻には、四十二篇の文芸評論があつめられているが、特徴とするところは、これらの四十二篇のうち、二十七篇が、はじめてここに単行本としてまとめられたということである。久しい間、新聞や雑誌からの切りぬきのまま紙ばさみの間に保存さ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・は黒い炭坑の人々の生活の庭に飼われている鳥ではない、文学と教養によって、所謂教養と地位のある人々の生活にふれ、そこにまじわった若い作家ローレンスが発見したのは何だったろう。遂に彼を「不埒な男」とした中流、上流社会の偽善や無知、ばからしい虚偽・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・その頃から、本年八月迄、十四年の間、日本の婦人運動は辛うじて母子保護法を通過させたのみで、炭鉱業者が戦時必需の名目で婦人の坑内深夜業復活を要求したのに対し、何の防衛力ともなり得なかった。婦人の政治参加の問題どころか、戦争に熱中した政府は戦争・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・技師が生産組織の内部で、反革命的策動をやる例は、一九二八年、国家保安部によって摘発されたドン炭坑区に於けるドイツ資本家と結托した大規模な反革命の陰謀を見てもわかる。ソヴェトの党・労働組合がプロレタリアートの中から優良な技術家を養成しようとし・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫