・・・ 甘蔗のひと節を短刀のごとく握り持ってその切っ先からかじりついてかみしめると少し青臭い甘い汁が舌にあふれた。竹羊羹というのは青竹のひと節に黒砂糖入り水羊羹をつめて凝固させたものである。底に当たる節の隔壁に錐で小さな穴を明けておいて開いた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・もしこの両者が共同し、その上に機械的の計算や統計を担当する助手の数人の力をかりることができれば、仕事はかなりおもしろく進行しそうに思われる。しかしこのほうがむしろおそらく夢のような空想であるかもしれない。 以上の考察においては、最・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・エレーンは衣の領を右手につるして、暫らくは眩ゆきものと眺めたるが、やがて左に握る短刀を鞘ながら二、三度振る。からからと床に音さして、すわという間に閃きは目を掠めて紅深きうちに隠れる。見れば美しき衣の片袖は惜気もなく断たれて、残るは鞘の上にふ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・横たわりて起きぬ間を、疾くも縫えるわが短刀の光を見よ。吾ながら又なき手柄なり。……」ブラヴォーとウィリアムは小声に云う。「巨人は云う、老牛の夕陽に吼ゆるが如き声にて云う。幻影の盾を南方の豎子に付与す、珍重に護持せよと。われ盾を翳してその所以・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・そうして朱鞘の短刀を引き摺り出した。ぐっと束を握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃が一度に暗い部屋で光った。凄いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先へ集まって、殺気を一点に籠めている。自分はこの鋭い・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・磨ぎすました斧を左手に突いて腰に八寸ほどの短刀をぶら下げて身構えて立っている。余は覚えずギョッとする。女は白き手巾で目隠しをして両の手で首を載せる台を探すような風情に見える。首を載せる台は日本の薪割台ぐらいの大きさで前に鉄の環が着いている。・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ すると何のことはない、デストゥパーゴはそのみじかいナイフを剣のように持って一生けんめいファゼーロの胸をつきながら後退りしましたしファゼーロは短刀をもつように柄をにぎってデストゥパーゴの手首をねらいましたので、三度ばかりぐるぐるまわって・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・の枠にはまっていた本質上、当時の身分制度である士農工商のけじめを脱したものではなかった。「士分の子弟」の智能開発が藩学校での目的であった。この性格は、士分のものが来るべき「開化」の担当者であるべきだという見通しに立ったものであった。そして、・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・に満足しないで、労働階級は生産機関を握り、社会の運転を担当している階級なのだから、ブルジョア文学者のうかがい知ることの出来ない生産と労働と搾取との世界を解剖し、描写すべきであると主張された。 プロレタリア文学運動が、端緒的であった自身の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・英文学の仕事をしていた某氏が事務担当をしていた。私の用事は、前に中野さんと某氏を訪ねたとおなじ題目であった。文芸家協会は、大正年代に組織され、古い歴史をもつ日本で唯一の文学者の集団である。理事というところには、日本の代表的著述家・作家が顔を・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫