・・・彼女はウクライナ共和国の国立出版所で、ロシア部の担当だった。国立出版所の机の前で働くかと思うと、「土曜労働」でジャガ薯掘りをやりながら、フォルシュは四度キエフ市の政権が代るのを見た。反革命の白軍が南方ロシアの旧い美しい都市であるキエフを占領・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・あんまり譲原さんが汗をかくので、わたしもその時の担当者であった江上さんも心配になって、いきなりではあんまり無理らしいからと、四、五日さきに録音をのばした。わたしたちは皆単に、譲原さんはひどく疲れている上に馴れない、放送局のなかは不自然に暖か・・・ 宮本百合子 「譲原昌子さんについて」
・・・今日の日本の民主化は、明治にやりのこされたブルジョア民主主義化の完成という過程なのであるけれど、その初めの担当者は先にくりかえしふれたように、もう自身で民主化してゆく発展の能力を失ってしまっている。従って、新しい勤労人民階級がその原動力とな・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・次に臂をずっと底までさし入れて、短刀を一本取り出した。当番の夜父三右衛門が持っていた脇差である。りよは二品を手早く袱紗に包んで持って出た。 文吉は敵を掴まえた顛末を、途中でりよに話しながら、護持院原へ来た。 りよは九郎右衛門に挨・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・お蝶の傍には、佐野さんが自分の頸を深くえぐった、白鞘の短刀の柄を握って死んでいた。頸動脉が断たれて、血が夥しく出ている。火鉢の火には灰が掛けて埋めてある。電灯には血の痕が附いている。佐野さんがお蝶の吭を切ってから、明りを消して置いて、自分が・・・ 森鴎外 「心中」
・・・六郎が父は、其夜酔臥したりしが、枕もとにて声掛けられ、忽ちはね起きて短刀抜きはなし、一たち斫られながら、第二第三の太刀を受けとめぬ。その命を断ちしは第四の太刀なりき。六郎が母もこの夜殺されぬ。はじめ家族までも傷けんという心はなかりしが、きり・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・菊地慎太郎は行く春の桜の花がチラと散る夕べ、亡父の墓を前にして、なつかしき母の胸より短刀のひらめきを見た。氷のごときその光は一瞬も菊地君の頭から離れぬ。やがてこの光が恩賜の時計の光となった。この美しい情は「愛」の上にたつ人の身の霊的興奮であ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫