・・・その僕が小説を読んで、第一に感ずるのは大体の筋すなわち構造である。筋なんかどうでも、局部に面白い所があれば構わないと云う気にはとてもなれない。したがって僕がいかほど芝居通になったところで、全然君と同じ観察点に立って、芝居を見得るかどうだか疑・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・ 我国では明治の初年は如何にあったか知らないが、大体二十年頃以前は英国哲学の影響を受け、二十年頃以後はドイツ哲学の影響を受けて、今日に至ったといい得るであろう。私はドイツ哲学の優秀を疑うものではないが、右にいったように、フランス哲学・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・第一、ドンコは南方の魚で、日本では大体、琵琶湖から西方のみに棲息している。ダボハゼに似ているので、関東方面でもドンコを見たという人があるけれども、学問的にもいないことが証明されている。 魚の辞典を引いてみると、ドンコはドンコ属という独立・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・左れば今日人事繁多の世の中に一家を保たんとするには、仮令い直に家業経営の衝に当らざるも、其営業渡世法の大体を心得て家計の方針を明にし其真面目を知るは、家の貧富貴賤を問わず婦人の身に必要の事なりと知る可し。是れが為めには娘の時より読み書き双露・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・に際して、その加減の難きは、医師の匕の類に非ず、これを想い、またこれを思い、ただに三思のみならず、三百思もなお足るべからずといえども、その細目の適宜を得んとするは、とうてい人智の及ぶところに非ざれば、大体の定則として政府と人民と相分れ、直接・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 彼と春岳との関係と彼が生活の大体とは『春岳自記』の文に詳なり。その文に曰く橘曙覧の家にいたる詞おのれにまさりて物しれる人は高き賤きを選ばず常に逢見て事尋ねとひ、あるは物語を聞まほしくおもふを、けふは此頃にはめづらし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・郡のも十万分一だしほんの大体しか調ばっ(ていない。猿ヶ石川の南の平地に十時半ころまでにできた。それからは洪積層が旧天王の安山集塊岩の丘つづきのにも被さっているかがいちばんの疑問だったけれどもぼくたちは集塊岩のいくつもの露頭を丘の頂部近くで見・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・「空の工兵大隊だ。どうだ、鱒やなんかがまるでこんなになってはねあげられたねえ。僕こんな愉快な旅はしたことない。いいねえ。」「あの鱒なら近くで見たらこれくらいあるねえ、たくさんさかな居るんだな、この水の中に。」「小さなお魚もいるん・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ソヴェト同盟には工場図書館、スポーツ・サークルが発達していて、大体無料でいろいろのことができるが、食物、衣服はまだ無料とはゆかない。若い男や女の勤労者が、真に健康に、立派に階級の前衛として育つために、ソヴェト同盟では、男女青年労働者の待遇の・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・新しいソヴェトがどんないい工場を持ってるか、集団農場、国営農場はどんなにやっているか、都会の工場からの代表が一大隊繰り出すのにもよく出逢う。 父親や兄が職場からそうして珍らしいところを見学しながら休む時、子供連は、ではどうしてるか?・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の夏休み」
出典:青空文庫