・・・ われとわが作品へ、一言の説明、半句の弁解、作家にとっては致命の恥辱、文いたらず、人いたらぬこと、深く責めて、他意なし、人をうらまず独り、われ、厳酷の精進、これわが作家行動十年来の金科玉条、苦しみの底に在りし一夜も、ひそかにわれを慰・・・ 太宰治 「創生記」
・・・わかい女のまえで、白痴に近い無礼を働いたということは、そのころの私にとって、ほとんど致命的でさえあったのである。 どうしよう、どうしよう、と思い悩んだ揚句、私はなんだか奇妙な決心をした。「初恋の記」――私が或る新進作家の名前でもって、二・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・とりわけ、地名や人名または切支丹の教法上の術語などには、きっとなやまされるであろうと考えた。白石は、江戸小日向にある切支丹屋敷から蛮語に関する文献を取り寄せて、下調べをした。 シロオテは、程なく江戸に到着して切支丹屋敷にはいった。十一月・・・ 太宰治 「地球図」
・・・いまに、ドカンと致命的な爆発が起りそうな不安。 鶴は洗面所で嗽いして、顔も洗わず部屋へ帰って押入れをあけ、自分の行李の中から、夏服、シャツ、銘仙の袷、兵古帯、毛布、運動靴、スルメ三把、銀笛、アルバム、売却できそうな品物を片端から取り出し・・・ 太宰治 「犯人」
・・・ つい近ごろになってある新聞にいろいろなペットの話が連載されているうちに知名の某家の猫のことが出ていて、その三匹の猫の写真が掲載されていた。そのうちの一匹がどうも前述のいわゆるアンゴラに似ているように思われた。これだけでは何も問題にはな・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾に中断されたその両側の突端の地とその海峡とを込めた名前である。この現象については、最近に、土佐郷土史の権威として知られた杜山居士寺石正路氏が雑誌「土佐史壇」第十七号に「郷土史断片」その三〇として記・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・これを採用するとした上で山名の読み方が問題となるが、これは「大日本地名辞書」により、そのほかには小川氏著「日本地図帳地名索引」、また「言泉」等によることにした。それにしても、たとえば海門岳が昔は開聞でヒラキキと呼ばれ、ヒラキキ神社があるなど・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・しかしそのかわり他のだいじな致命的な部分はそのおかげで助かるというようにすることはできないものかと思う。こういう考えは以前からもっていた。時々その道の学者たちに話してみたこともあるが、だれもいっこう相手になってくれない。 しかし今度自分・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・手紙を読んでみると、先ず最初に自分の経歴を述べ、永年新聞社の探訪係を勤めていたということを書いたあとで、小説家や戯曲家はみんなどこかから種を盗んで来てそれを元にして自分の原稿をこしらえるのだが、自分は知名の文士の誰々の種の出所をちゃんと知っ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・いろいろの本で読んだ覚えのある、そしていろいろの美しい連想に結びつけられたこれらの美しい地名が一つ一つ強い響きを胸に伝える。船が進むにつれて美しい自然と古い歴史をもった市街のパノラマが目の前に押し広げられるのである。子供の時分から色刷り石版・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫